aoiparrot01さん、こんばんわ
投稿者: ringo_pie04 投稿日時: 2004/12/10 23:27 投稿番号: [162809 / 232612]
私も玉音放送を聞いていた民衆が、皇居の玉砂利の上に正座しながら泣いていた光景、写真とかでしか知りませんが、最近になって昭和帝への限りない敬愛があったからではなかったかと思うようになりました。
うちの母など、友達のように「あ〜、年を取ってしまって」などとほざいていました。
今にも転びそうな昭和帝の歩みを笑ったのではなく、我が事のように案じていた風に見えました。
本当には足の達者な方で、儀礼上非礼があってはならぬと、足に力を入れすぎていたせいだと、何かで読みましたが。
私にはまだまだ日教組の呪縛が残っていて、昭和帝には親のような敬愛の気持ちが無いのですが、自分も老いに近づいてきたせいか、少しずつ考え方が変わってきました。
戦争責任という言葉、植え付けられたように思うけど、本当には政府だけの責任、天皇だけの責任、軍部だけの責任ではなかったように思います。
国民皆等しく責任を負うべきだと思いますし、現在の我々はそこから何を学ぶかと言うところにあると思います。
目先の安全のために国家の誇りを失ってよいのか、小泉曰く「奴隷の平和は望まない」の言葉どおり、誇り高い日本国を再建するのか、今はその分水嶺であると思います。
これは メッセージ 162802 (aoiparrot01 さん)への返信です.
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