回答ありがとうごじました
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/12/02 07:16 投稿番号: [161111 / 232612]
丁寧な答えをいただきありがとうございます。
>韓国語で支那のことを何と呼ぶか、韓国語入門のテキストで調べたところ、漢字表記は「中国」、発音は反切表から見ると「チュクク」らしいです。
質問する前にWikipediaなんかでちょっと調べたのですが、さっぱりでした。
やはりまあ90年代に中国と国交を結んだ韓国もそうだろうと思っていましたが、まあ韓国ですと歴史的背景があるからすんなりと。
漢字表記の国というのは誰も言っていません(少なくとも知りません)。
私が勝手にそうじゃないかなとそう思ったところです。
>強制されているのでない限り、何処の誰が「中国」を使用しようと「支那」を使用しようと私はまったく気にしません。しかし「中国」使用を強制する風潮には反対します。そのために「支那」は差別語であるというデマ宣伝だけは否定しておかなければならないと考えています。
この主旨にはよく理解したいと思います。
以前から「支那」ということにさほどの抵抗はなくなっています。
というか少しは馴染でいる感じです。
なにしろ戦前に戦前に発刊された岩波新書は中国関係が20冊ほどありますが、その中で、本の題名に「支那」とつくものが、6冊もあります。
代表:津田左右吉「支那思想と日本」(1938)
(参考↓)
http://www.asahi-net.or.jp/~dc8n-hsmt/apple/listki.html
(「中華民国」という標題の付いた新書が1冊のみ。
戦後は、版で押したように標題は「中国」であります。)
当然と言えば当然のことで、当時までは大学も支那学科・講座とかいう名前であったでしょうし、それ以外に彼の国の地域、歴史等々を呼びようがなかったということでしょう。
それこそ、言葉を借りれば、<当時は学術用語含め、公文書、放送、マスコミ、出版業界、一般国民などあらゆる場所で「支那」が使用されていました。>ということでしょうか。
とはいいつつも、おそらく考え方の違いは「支那」にあるのではなく、「中国」ほうなんでしょうね。
このことはまたいつか。
余談です。
華夷秩序では「北狄・東夷・西戎・南蛮」ということになっています。
この連想で、昔の欧州ではで作られていた地図に<T図>(?)と称される地図を見たことがあります。
(名称に自信なし)(記憶が定かでなく、いつの時代かもわすれました、ソースも示せません)
この旧大陸のみの地図に各地域の人物等の幼稚な絵が描いてあるのですが、聖地エルサレム・ローマは立派なのですが、ここを中心にそこから遠ざかれば遠ざかるほど、描かれているものはまともな人間から遠くなりアフリカ南部・中国・日本当りでは怪獣並みになっています。
とにかく絵を見ればすぐに分かります。
当時の欧州人はそのようにキリスト教が及んでいないところ・未知のところはまともな人間が住むところではないと想像していたことを示すものとして受け取りました。
(この安物を海外で買ったのですが、旅先のこと故紛失→泣)
>韓国語で支那のことを何と呼ぶか、韓国語入門のテキストで調べたところ、漢字表記は「中国」、発音は反切表から見ると「チュクク」らしいです。
質問する前にWikipediaなんかでちょっと調べたのですが、さっぱりでした。
やはりまあ90年代に中国と国交を結んだ韓国もそうだろうと思っていましたが、まあ韓国ですと歴史的背景があるからすんなりと。
漢字表記の国というのは誰も言っていません(少なくとも知りません)。
私が勝手にそうじゃないかなとそう思ったところです。
>強制されているのでない限り、何処の誰が「中国」を使用しようと「支那」を使用しようと私はまったく気にしません。しかし「中国」使用を強制する風潮には反対します。そのために「支那」は差別語であるというデマ宣伝だけは否定しておかなければならないと考えています。
この主旨にはよく理解したいと思います。
以前から「支那」ということにさほどの抵抗はなくなっています。
というか少しは馴染でいる感じです。
なにしろ戦前に戦前に発刊された岩波新書は中国関係が20冊ほどありますが、その中で、本の題名に「支那」とつくものが、6冊もあります。
代表:津田左右吉「支那思想と日本」(1938)
(参考↓)
http://www.asahi-net.or.jp/~dc8n-hsmt/apple/listki.html
(「中華民国」という標題の付いた新書が1冊のみ。
戦後は、版で押したように標題は「中国」であります。)
当然と言えば当然のことで、当時までは大学も支那学科・講座とかいう名前であったでしょうし、それ以外に彼の国の地域、歴史等々を呼びようがなかったということでしょう。
それこそ、言葉を借りれば、<当時は学術用語含め、公文書、放送、マスコミ、出版業界、一般国民などあらゆる場所で「支那」が使用されていました。>ということでしょうか。
とはいいつつも、おそらく考え方の違いは「支那」にあるのではなく、「中国」ほうなんでしょうね。
このことはまたいつか。
余談です。
華夷秩序では「北狄・東夷・西戎・南蛮」ということになっています。
この連想で、昔の欧州ではで作られていた地図に<T図>(?)と称される地図を見たことがあります。
(名称に自信なし)(記憶が定かでなく、いつの時代かもわすれました、ソースも示せません)
この旧大陸のみの地図に各地域の人物等の幼稚な絵が描いてあるのですが、聖地エルサレム・ローマは立派なのですが、ここを中心にそこから遠ざかれば遠ざかるほど、描かれているものはまともな人間から遠くなりアフリカ南部・中国・日本当りでは怪獣並みになっています。
とにかく絵を見ればすぐに分かります。
当時の欧州人はそのようにキリスト教が及んでいないところ・未知のところはまともな人間が住むところではないと想像していたことを示すものとして受け取りました。
(この安物を海外で買ったのですが、旅先のこと故紛失→泣)
これは メッセージ 160714 (sofiansky2003 さん)への返信です.