重慶−脱線1
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/10/22 04:53 投稿番号: [155578 / 232612]
>”政府の軍隊”に後押しされた”群集”が、防衛が薄い、当時の外国人居住地を襲い、婦人、子供を虐殺したと聞いても不思議ではない→当時、中国軍は暴徒をやり過ごす為に人民に略奪権利を与えたし、また、中国軍が自国民を襲う権利も持っていた。
<義和団の乱>−「北京の五十日」 (1960年)の世界ですね。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD8148/あの頃の時代を描いた映画として、揚子江を舞台にした映画「砲艦サンパブロ」(1966年)もあったような。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD8185/comment.htmlこれはもう当時、洋夷=排外主義の塊みたいなもので、当時「銃弾が当たらない」というようなことが真剣に信じられて、暴徒が外国勢に向かって行ったようです。
ただしですね、幕末の<生麦事件>と同じような側面があり、西欧からの牧師さんが暴行を受けたとかで、清朝政府に莫大な賠償を請求し、徐々に居留地を増やすとか、特権を強めるなど、この頃の“洋夷“もなんというか国をあげて悪いことをしています。
それに対する大掛かりな反感を買ったのが「義和団の乱」かと。
清朝政府の西太后も一時西安に避難しました。
これは メッセージ 155429 (east_jungle3 さん)への返信です.
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