aoinomamaさん、拝借します。
投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/10/04 13:10 投稿番号: [153488 / 232612]
先ほども言いましたように2000年に食糧支援をしております。1999年の訪朝団がありましたけれども、その時に野中さんがおっしゃったのは「1999年、20世紀中に起こった問題は20世紀中に片付けたい」というふうに朝鮮半島との間の問題でそうおっしゃいました。私たちはまさしく20世紀中に起こった「拉致問題」を20世紀中に片付けていただきたいという思いで、野中さんにも言いたかったのです。
しかし野中さんがやってこられたことは結局、戦前の植民地支配に対する謝罪、そして北朝鮮への援助、それをやりたい。正常化交渉してそれをやることが、20世紀のうちにやらなければならない大きな課題なんだろうという意味合いのことで、訪朝団を結成されて行ったようです。
しかしその時にすでに世論がだいぶ大きな力になって、安易な食糧支援はできなかった。ですから2000年の春になって、その訪朝団が訪朝した見返りに、50万トンという約束をしてきたのですが、国民の皆さんの声で止めていたのです。「やっちゃいけない」と、「安易な食糧支援はやってはいけない」「拉致問題が解決するまでいけないんだ!」と。それが2000年になって、河野外務大臣の時に10万トン食糧支援をやるというそういう方法をとられました。
事前に外務省は被害者家族に対しては10日くらい前に「とにかく食糧支援はしません。経済支援もしません。」ということを言って、わざわざ各地の家族のところに行って回ったのです。私の父のところに来た2日前に、食糧支援のことがわかった2日前でしたけれども、その時に外務次官は「食料支援はしません」と言いましたが、それから2日後新聞に大きく食糧支援が載せられると、私の父は非常に怒っておりました。「あの人は何をしに来たんだ!!我々を騙しに来たのか!!!」と。
そういう怒りをもって我々は「家族会」として、あの外務省前、自民党前の座り込みを断行しました。おそらくあの10万トンというのは、日本国民に対して、食糧支援10万トンで、国民がどれだけ怒るのかと試していたようです。
あの時に10万トンの食糧支援を本気で大きな力で反対の声が挙がるようだったら、その先の食糧支援はちょっと控えた方がいいのではないのかと。ただその時に怒ったのは、結局我々被害者家族と「救う会」のメンバーだけでした。一般の国民の方はほとんど怒りを表に出さなかった。それがその年の秋の50万トンに繋がるんです。
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=20&no=43
>ただその時に怒ったのは、結局我々被害者家族と「救う会」のメンバーだけでした。一般の国民の方はほとんど怒りを表に出さなかった。それがその年の秋の50万トンに繋がるんです。
サイレントマジョリティーなんて気取っていてはいけない。
はっきりと声に出さなければ、政治は勝手に北朝鮮に最大限のプレゼントを与え、拉致被害者には塗炭の苦しみを与える。
食糧支援の決定を下したのは○中であったかもしれないが、承認したのは大勢の政治家である。
政治家のすることは常に監視しつづけなければならない。
彼らは無償労働のボランティアではない。
税金で己が口を糊塗し、国民のために身を粉にして働くのパブリックサーバントである。
上手くいったら誉めてやろう、ただし国民の福利に背いたときは徹底的に叩き潰さなければならない。
なぜなら彼らは国民から委託を受けた、政治権力の担い手であるから。
しかし野中さんがやってこられたことは結局、戦前の植民地支配に対する謝罪、そして北朝鮮への援助、それをやりたい。正常化交渉してそれをやることが、20世紀のうちにやらなければならない大きな課題なんだろうという意味合いのことで、訪朝団を結成されて行ったようです。
しかしその時にすでに世論がだいぶ大きな力になって、安易な食糧支援はできなかった。ですから2000年の春になって、その訪朝団が訪朝した見返りに、50万トンという約束をしてきたのですが、国民の皆さんの声で止めていたのです。「やっちゃいけない」と、「安易な食糧支援はやってはいけない」「拉致問題が解決するまでいけないんだ!」と。それが2000年になって、河野外務大臣の時に10万トン食糧支援をやるというそういう方法をとられました。
事前に外務省は被害者家族に対しては10日くらい前に「とにかく食糧支援はしません。経済支援もしません。」ということを言って、わざわざ各地の家族のところに行って回ったのです。私の父のところに来た2日前に、食糧支援のことがわかった2日前でしたけれども、その時に外務次官は「食料支援はしません」と言いましたが、それから2日後新聞に大きく食糧支援が載せられると、私の父は非常に怒っておりました。「あの人は何をしに来たんだ!!我々を騙しに来たのか!!!」と。
そういう怒りをもって我々は「家族会」として、あの外務省前、自民党前の座り込みを断行しました。おそらくあの10万トンというのは、日本国民に対して、食糧支援10万トンで、国民がどれだけ怒るのかと試していたようです。
あの時に10万トンの食糧支援を本気で大きな力で反対の声が挙がるようだったら、その先の食糧支援はちょっと控えた方がいいのではないのかと。ただその時に怒ったのは、結局我々被害者家族と「救う会」のメンバーだけでした。一般の国民の方はほとんど怒りを表に出さなかった。それがその年の秋の50万トンに繋がるんです。
http://aoinomama.trycomp.net/col3.cgi?mode=dsp&num=20&no=43
>ただその時に怒ったのは、結局我々被害者家族と「救う会」のメンバーだけでした。一般の国民の方はほとんど怒りを表に出さなかった。それがその年の秋の50万トンに繋がるんです。
サイレントマジョリティーなんて気取っていてはいけない。
はっきりと声に出さなければ、政治は勝手に北朝鮮に最大限のプレゼントを与え、拉致被害者には塗炭の苦しみを与える。
食糧支援の決定を下したのは○中であったかもしれないが、承認したのは大勢の政治家である。
政治家のすることは常に監視しつづけなければならない。
彼らは無償労働のボランティアではない。
税金で己が口を糊塗し、国民のために身を粉にして働くのパブリックサーバントである。
上手くいったら誉めてやろう、ただし国民の福利に背いたときは徹底的に叩き潰さなければならない。
なぜなら彼らは国民から委託を受けた、政治権力の担い手であるから。
これは メッセージ 153486 (ringo_pie03 さん)への返信です.