>西条八十が、大宅壮一が
投稿者: moriya99 投稿日時: 2004/09/06 17:27 投稿番号: [150089 / 232612]
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席上、 (1)「南京虐殺」など戦時中はもちろん、終戦後においてもうわさ話すら聞かなかった (2)南京攻略戦に従軍した西条八十、木村毅、大宅壮一氏など一流文筆家も異口同音に「見たことも、うわさ話もない」と語っていた (3)「南京大虐殺」は中国側の一方的言い分である
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私も南京陥落直後に南京経由で中国に入った軍人に話しを聞いたことがある…。
まあ、聞いたのは、もう数十年も経った後ではあるけど、まだ若かったけど将校として入っている人だから、話しは冷静だし、客観的な見方のできる人ですね。一兵卒よりは情報も持っている。軍人が現実を正しく認識しないと、身がもたないから、当たり前なんでしょうね。
昭和13年の1月に入っているけど、大逆殺の感触も噂も感じなかった、と言っていますね。
まあ、敗戦側には、軍や政府の正式な記録が残っていない。当時の軍は正確な情報や被害者数などはかなり正確に把握していた筈だが、終戦で散逸してしまっている…。それが、こうした話しが燎原の火のように拡がってしまう、消すのも証明するのも難しいということなんじゃないか。
それに傍証としても、南京陥落の時期は昭和19年、20年のころの敗戦が濃い時期とは違う。軍の組織は機能しており、軍規もしっかりしていた筈である。軍は風紀に関しては非常に厳しい。簡単に虐殺や婦女暴行などできない組織になっている。どこの社会にも粗暴犯がある一定の割合ででるように、単発的な犯罪はあったかも知れないが、組織的な虐殺や婦女暴行ができる時期じゃない。婦女暴行は軍隊の中でも一番、重罪で殆どは銃殺刑になる。非戦闘員の住民に危害を加えることも同じ。
ただ、物資が現地調達だった。それが悲劇と誇張の種を生んでいるかも知れない。買いつけだが、物資の調達には抵抗する人たちもでる。そうした人たちからも強引に物資を軍票などで買いつける。相手にとっては取り上げられたことになる。そうした現場では殺傷事件などが起きるゴタゴタはあっただろう、と。どっちの話しも誇張やプロパガンダがあるんじゃないか。事件の質を変えられてしまう。
それより、その人は、中支などで、河川などを軍事戦略で決壊させたりしている。川下の住民など相当、苦しんだのではないか。そのことの方に心を傷めていましたね。
歴史も政治的プロパガンダが絡むと、真相が闇の向こうに行ってしまいますね。
南京大逆殺にしても、肯定する人も否定する人もどうも極端…。
政治って怖い。戦争って怖い。
最後はそこに行き着きますね。
これは メッセージ 150086 (ringo_pie03 さん)への返信です.
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