>>韓国は何故親北朝鮮になるのか
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/08/28 23:26 投稿番号: [149296 / 232612]
>同じ民族が飢えて苦しんでいる場合について。
私もそれほど知っているわけではありません。
ただ、何かの本で読んだのですが、人口の5%も餓死すれば大変なことで、
10%を越えることはなかなかないということです。
(その前に必要な対策を講じるとか)
エチオピアの餓死者数も数%で世界的に悲惨なニュースになったというわけです。
相対的に北朝鮮では人口の10%を越える300万人が餓死したと言われている。
これだけで大きな驚きですが、北朝鮮当局が一切の公表もしないし、マスコミも
取材できず画像にならないために、世界には大きなインパクトは与えていない。
(同じことが中国毛沢東の大躍進時代に1600万人の餓死者があったと言われていますが、
これも後から言われているに過ぎないようです。)
餓死というのは、戦争と違って静かに亡くなって行きますから第三者には分かり
にくものの、当人には残酷なことであり最も辛いことではあると思います。
人間の生存権の最たるものではないでしょうか。
私の理解では、江戸時代までは餓死はあったようですが
(藩によってかなり事情が違ったらしいです)、
明治以降には(その危機はあったとしても)無かったと思います。
また、朝鮮半島においては日本統治時代以後は無かったと思います。
北朝鮮の300万人について真偽のことがありますが、黄長カの著書に以下の
くだりがあります。
「わたしは娘からその話を聞いたあと、金徳弘に言って、餓死者の統計を金正日に
報告している組織部の幹部に会ってくわしい内容を調べさせた。
『組織部幹部の話によると、95年には党員5万人を含めて50万人が餓死した。
96年には、11月中旬現在で、すでに100万人ほど餓死したとのことです』
(中略)
北朝鮮の統治者は、これがあたかも自然災害のせいでもあるかのとうに宣伝しているが、
自然災害ならばなぜ工業まで全面的にまひ状態に陥ったのか。この前代未聞の民生苦
こそ、まさに首領絶対主義の産物であり、金正日の個人独裁が国の暮らしをこれほど
までに亡ぼしてしまったと私は思った。
(参考)黄長カは97年1月亡命。
「娘の話」とは黄長カの家に子供が食糧をもらいに来ることが多くなったという話です。
なお、当時の農業担当書記の徐寛煕(ソグワニ)は、97年に秋に農業の失敗を理由に公開
銃殺されている。
驚くべきはこのような重大事に対し、金正日という男は眉一つ動かさない男らしいです。
>ひょっとしたらですが、同じ民族が飢えて苦しんでいると言うことがあっても、外からしたら、なんで一方の裕福の民族はもう一方の上に苦しんでいる同じ民族のために手を貸さないのかとやきもきすることはあっても、案外同じ民族同士ではそうした感情はよその民族ほどは、切迫感がないのかなと思ったりしています。
ここのところは分かりにくいというか、難しいですね。
300万人も殺したからこそ、許せないというのが同胞の気持ちになるとは思いますが。
ただし切迫感がないというのは、よく分かります。
また、飢餓のことは飢餓の体験がないと分からないかもしれません。
食管法を守ろうとするのは、米作農家ばかりでなく、
戦中・戦後の飢えを体験した主婦連というのを聞いたことがあります。
(余談)
私の実家は平凡な米作農家で両親は昭和一桁生まれです。
戦中には米不足になったかと聞いたこところ、全く無かったとのこと。
それで玄米を食べたことがあるかと聞くとそれもないというし、まずいとのことです。
玄米を食べてみたかったので、送ってもらい食してみたのですが、そのまずいこと。
これを3割にして白米に入れみてもまずくて、食べることができませんしてた(笑)。
かといって捨てることもできなかったのですが(ここらへんが日本人)、
たまたま中国の留学生が美容上の理由とかで玄米がないかというので、
これ幸いとやってしまいました(笑)。
私もそれほど知っているわけではありません。
ただ、何かの本で読んだのですが、人口の5%も餓死すれば大変なことで、
10%を越えることはなかなかないということです。
(その前に必要な対策を講じるとか)
エチオピアの餓死者数も数%で世界的に悲惨なニュースになったというわけです。
相対的に北朝鮮では人口の10%を越える300万人が餓死したと言われている。
これだけで大きな驚きですが、北朝鮮当局が一切の公表もしないし、マスコミも
取材できず画像にならないために、世界には大きなインパクトは与えていない。
(同じことが中国毛沢東の大躍進時代に1600万人の餓死者があったと言われていますが、
これも後から言われているに過ぎないようです。)
餓死というのは、戦争と違って静かに亡くなって行きますから第三者には分かり
にくものの、当人には残酷なことであり最も辛いことではあると思います。
人間の生存権の最たるものではないでしょうか。
私の理解では、江戸時代までは餓死はあったようですが
(藩によってかなり事情が違ったらしいです)、
明治以降には(その危機はあったとしても)無かったと思います。
また、朝鮮半島においては日本統治時代以後は無かったと思います。
北朝鮮の300万人について真偽のことがありますが、黄長カの著書に以下の
くだりがあります。
「わたしは娘からその話を聞いたあと、金徳弘に言って、餓死者の統計を金正日に
報告している組織部の幹部に会ってくわしい内容を調べさせた。
『組織部幹部の話によると、95年には党員5万人を含めて50万人が餓死した。
96年には、11月中旬現在で、すでに100万人ほど餓死したとのことです』
(中略)
北朝鮮の統治者は、これがあたかも自然災害のせいでもあるかのとうに宣伝しているが、
自然災害ならばなぜ工業まで全面的にまひ状態に陥ったのか。この前代未聞の民生苦
こそ、まさに首領絶対主義の産物であり、金正日の個人独裁が国の暮らしをこれほど
までに亡ぼしてしまったと私は思った。
(参考)黄長カは97年1月亡命。
「娘の話」とは黄長カの家に子供が食糧をもらいに来ることが多くなったという話です。
なお、当時の農業担当書記の徐寛煕(ソグワニ)は、97年に秋に農業の失敗を理由に公開
銃殺されている。
驚くべきはこのような重大事に対し、金正日という男は眉一つ動かさない男らしいです。
>ひょっとしたらですが、同じ民族が飢えて苦しんでいると言うことがあっても、外からしたら、なんで一方の裕福の民族はもう一方の上に苦しんでいる同じ民族のために手を貸さないのかとやきもきすることはあっても、案外同じ民族同士ではそうした感情はよその民族ほどは、切迫感がないのかなと思ったりしています。
ここのところは分かりにくいというか、難しいですね。
300万人も殺したからこそ、許せないというのが同胞の気持ちになるとは思いますが。
ただし切迫感がないというのは、よく分かります。
また、飢餓のことは飢餓の体験がないと分からないかもしれません。
食管法を守ろうとするのは、米作農家ばかりでなく、
戦中・戦後の飢えを体験した主婦連というのを聞いたことがあります。
(余談)
私の実家は平凡な米作農家で両親は昭和一桁生まれです。
戦中には米不足になったかと聞いたこところ、全く無かったとのこと。
それで玄米を食べたことがあるかと聞くとそれもないというし、まずいとのことです。
玄米を食べてみたかったので、送ってもらい食してみたのですが、そのまずいこと。
これを3割にして白米に入れみてもまずくて、食べることができませんしてた(笑)。
かといって捨てることもできなかったのですが(ここらへんが日本人)、
たまたま中国の留学生が美容上の理由とかで玄米がないかというので、
これ幸いとやってしまいました(笑)。
これは メッセージ 149238 (komash0427 さん)への返信です.