かつての北朝鮮の農業を取り巻く諸事情②
投稿者: komash0427 投稿日時: 2004/08/12 11:10 投稿番号: [147305 / 232612]
北朝鮮はソ連や中国と全く同じ形態の集団農業政策を採っていたが、本家であるソ連と中国は最近になってこの方法を断念してしまった。北朝鮮では、山上の秘密農業地域やそれぞれの家族が特定の野菜を育てるのを許された小家族野菜園にしか、民間の農業生産のわずかな痕跡は残っていない。
洪水の前でさえ、北朝鮮は国土の15パーセントから20パーセントしか耕作に適した土地はなく、農業面では不利な条件を持っていた。北朝鮮はつまり一人あたりの耕作地でみると、食糧輸入なしに自国民を養う能力という点では、国際的にも最低ラインに位置する国なのである。北朝鮮よりも悪いランクにあるのはわずか10ヶ国しかなかった。さらに、こうした農業における制約にもかかわらず豊かになった国は世界的に見てもわずかしかない。それはイスラエル、アイスランド、日本、シンガポール、オランダ、石油の豊富なアラブ諸国、スイスなどで、中でも最も興味深いのが韓国であろう。
例えば米国の耕作地の人口に対する比率は中国の5倍であり、北朝鮮の6倍もある。北朝鮮の中央および西部地域は山が多く、じゃがいもやトウモロコシは育つが十分な余剰作物が得られることはほとんどない。南西地域海岸部の平野と中国の国境沿いのいくつかの限られた地域でのみ、米やトウモロコシの余剰が出るほど生産することができるが、それでも豊作の年のみである。
限られた農産物しか生産できない極めてわずかな耕作地を持つ工業社会は、製品を輸出して自分達が生産できない食糧を輸入することで飢えから逃れることができる。しかし伝統的な農業経済では耕作可能な土地がどれくらいあるかによって、小作農民の大半が豊かになるか、貧しくなるかが決まってしまう。北朝鮮は1940年代に誕生した当時には、わずかな耕作地にもかかわらず、人口が少なかったため自給自足ができた。
しかし1960年代と70年代の急激な工業化に加え、北朝鮮が大ソビエト経済システムに組み込まれ、大規模な補助による「友好」価格でソ連の穀物と工業製品を取引することができたため、北朝鮮の人口は自給限度以上に拡大することを許してしまったのである。そして1990年代にこの共同経済システムが崩壊した時、北朝鮮は長期にわたる飢饉を招く経済危機に陥ったのであった。北朝鮮は今や急激に拡大の一途をたどる人口を養うだけの食糧を生産することができず、工業生産能力も崩壊したことで、製品を輸出することが不可能になったのである。
金日成は国家の自給自足という妄想に取りつかれ、急な丘の斜面にトウモロコシを栽培することを命じたため、激しい降雨が土砂を河川へ流してしまった。国連の農業経済学者たちによると、土砂の水路への流入が増えるに従い、川底の高さが上昇し、河川はもはや激しい雨や春の雪解けを吸収できるレベルを越えてしまったという。その結果として毎年のように洪水が起き、それは年々酷さを増していき、近隣の耕作地をどんどん破壊していったのである。
1997年6月、北朝鮮への初めての訪問で、私は大きな洪水を経験した河川の一つに沿って旅をし、隣接する丘や田園地帯がこうした退行的な農業政策に起因する土壌浸食により、ずたずたに切り裂かれてしまっている様子を目撃した。(続く)
洪水の前でさえ、北朝鮮は国土の15パーセントから20パーセントしか耕作に適した土地はなく、農業面では不利な条件を持っていた。北朝鮮はつまり一人あたりの耕作地でみると、食糧輸入なしに自国民を養う能力という点では、国際的にも最低ラインに位置する国なのである。北朝鮮よりも悪いランクにあるのはわずか10ヶ国しかなかった。さらに、こうした農業における制約にもかかわらず豊かになった国は世界的に見てもわずかしかない。それはイスラエル、アイスランド、日本、シンガポール、オランダ、石油の豊富なアラブ諸国、スイスなどで、中でも最も興味深いのが韓国であろう。
例えば米国の耕作地の人口に対する比率は中国の5倍であり、北朝鮮の6倍もある。北朝鮮の中央および西部地域は山が多く、じゃがいもやトウモロコシは育つが十分な余剰作物が得られることはほとんどない。南西地域海岸部の平野と中国の国境沿いのいくつかの限られた地域でのみ、米やトウモロコシの余剰が出るほど生産することができるが、それでも豊作の年のみである。
限られた農産物しか生産できない極めてわずかな耕作地を持つ工業社会は、製品を輸出して自分達が生産できない食糧を輸入することで飢えから逃れることができる。しかし伝統的な農業経済では耕作可能な土地がどれくらいあるかによって、小作農民の大半が豊かになるか、貧しくなるかが決まってしまう。北朝鮮は1940年代に誕生した当時には、わずかな耕作地にもかかわらず、人口が少なかったため自給自足ができた。
しかし1960年代と70年代の急激な工業化に加え、北朝鮮が大ソビエト経済システムに組み込まれ、大規模な補助による「友好」価格でソ連の穀物と工業製品を取引することができたため、北朝鮮の人口は自給限度以上に拡大することを許してしまったのである。そして1990年代にこの共同経済システムが崩壊した時、北朝鮮は長期にわたる飢饉を招く経済危機に陥ったのであった。北朝鮮は今や急激に拡大の一途をたどる人口を養うだけの食糧を生産することができず、工業生産能力も崩壊したことで、製品を輸出することが不可能になったのである。
金日成は国家の自給自足という妄想に取りつかれ、急な丘の斜面にトウモロコシを栽培することを命じたため、激しい降雨が土砂を河川へ流してしまった。国連の農業経済学者たちによると、土砂の水路への流入が増えるに従い、川底の高さが上昇し、河川はもはや激しい雨や春の雪解けを吸収できるレベルを越えてしまったという。その結果として毎年のように洪水が起き、それは年々酷さを増していき、近隣の耕作地をどんどん破壊していったのである。
1997年6月、北朝鮮への初めての訪問で、私は大きな洪水を経験した河川の一つに沿って旅をし、隣接する丘や田園地帯がこうした退行的な農業政策に起因する土壌浸食により、ずたずたに切り裂かれてしまっている様子を目撃した。(続く)
これは メッセージ 147304 (komash0427 さん)への返信です.