小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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かつての北朝鮮の農業を取り巻く諸事情①

投稿者: komash0427 投稿日時: 2004/08/12 11:09 投稿番号: [147304 / 232612]
「北朝鮮 飢饉の真実」(A.S.ナチオス)から 第 1 章 危 機 の 根 源から抜粋しました。

イメージとして北朝鮮の農業政策とその結果をつかむことができると思います。以下本文
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  北朝鮮は、1980年代と90年代に中国とロシアが異なる種類の市場資本主義へと転換したことに怒りの反応を示した。社会主義と共産主義革命の裏切りだと非難したのだ。一方で金日成は東ドイツやルーマニアの共産党の指導者たちと緊密な個人的関係を築いていたので、彼らの末路を見て恐れおののいていた。エリック・ホーネッカーは逮捕され、裁判にかけられ、そしてついには国外に追放され、一方のニコライ・チャウシェスク大統領と彼の妻は,1989年12月に国民の反乱を装ったクーデターの成功により処刑された。ホーネッカーもチャウシェスクも北朝鮮への亡命を考えていたのだった。

  北朝鮮は長い間ソビエト経済システムの一部分であり、同じシステムのメンバー国同士のバーター取引によって持ちこたえていた。1980年代に北朝鮮の食糧生産が急激に下降し始めた時、ソ連と中国が食糧支援を増やして、増大の一途であった不足分を調整してくれたのである。北朝鮮の産業経済は商品を生産するが、自由競争の国際経済の中では競争力が著しく低く、ソ連が食糧支援に対する見返りとして受け入れていたのである北朝鮮はまた自国の石油資源が全くないので、ロシアと中国が北朝鮮の石油需要をも満たしていた。

  しかし1990年から91年にかけて、ミハエル・ゴルバチョフの政治改革やボリス・エリツィンの民営化革命に拍車をかけられて、この大ソビエト経済システムが崩壊すると、北朝鮮は食糧と石油の援助を一気に同時に失うことになってしまった。北朝鮮に対するソビエトの石油援助は、1989年の50万6千トンから1992年には急激に3万トンへと落ち込んだのである。北朝鮮の外国通貨は非常に限られていたし、同国には国内石油供給源がなかったので、ソ連の石油援助がなくなったことは、何よりもこの国の産業部門を崩壊させる始まりになった。

  1995年8月の洪水は北朝鮮大飢饉の公式なスタートであると記録されているが、食糧不足はこの公式の支援要請日よりはるか前から始まっていた。平壌は危機に関するあらゆる公式声明の中で、何度も繰り返し食糧支援を求めるメッセージを発し続けた。もっとも彼らは、「この飢饉は自然災害によって引き起こされた」と主張し続けたのだが。正に1980年代、ソ連政府高官が「ソ連は第二次世界大戦のせいで西側に大きく遅れたのだ」と主張したのと同じように、北朝鮮体制はイデオロギー上、もしくは体制全体に問題があったことを決して認めなかった。

  飢饉による打撃を軽減することに努めた西側の人間が、「飢饉の直接原因は国の農業および経済政策にあるのだ」と北朝鮮政府高官に何度提唱しても、彼らは決まって「我々の問題の真の原因は朝鮮戦争によってもたらされたものだ」と激しく反論するのだった。(続く)
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