>平壌宣言の日朝文の相違>参考
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/07/24 00:38 投稿番号: [144766 / 232612]
以下は、重村智計「北朝鮮データブック」からの丸写しです。
解説も入り、長たらしいのですが、それなり分かりやすいかと。
なお、重村智計は朝鮮語も堪能です。
↓
(前略)(Msg.144726の前段からの続きと考えてください。)
↓
そのうえ、歴史の清算とミサイル、核問題で日本文ではかなり違いが見られた。
▲ ミサイル問題
ミサイル問題について平壌宣言は「ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降もさらに延長していく意向を表明した。」と記している。
ところが、朝鮮語の宣言文は「ミサイル発射の保留を2003年以降もさらに延長する意向を表明した」表現している。
これは、ミサイル発射をしないと約束したわけではなく、発射する権利があるが、控えるという意味にしかならない。
この表現から、北朝鮮がミサイル発射を「凍結した」受け取るのは間違いである。
あくまでも「保留」したにすぎないのである。
それでは、なぜ日本語の宣言文は「保留」という表現を使わなかったのか。
「保留」では、ミサイル発射の中止にならず批判を受けると判断した日本側が、「モラトリアム」との日本語でない言葉を使ったとしか、考えられない。
さらに、この保留に「合意」したわけではなく、「意向を表明した」に過ぎないのである。
▲ 核査察問題
「特別核査察」の受け入れは、アメリカが強く求めている問題である。
だが、宣言文は「特別核査察」には全く言及していない。
単に「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際合意を順守することを確認した」と表現したに過ぎない。
ここでも、「合意」はしていないのである。
ただ、「確認」しただけである。
それも、「核問題包括的な解決」のであって、アメリカが要望した「一方的な譲歩」は約束していないのである。
▲ 歴史の清算
北朝鮮は、日本に清算を強く求めてきた。
歴史の謝罪である。
「日朝平壌宣言」の日本語の宣言文は「痛切な反省と心からおわびの気持ちを表明した」と記している。
この文章を使った国語の試験問題を作ると、次のようになる。
「表明されたのは『おわび』か『気持ち』か。」
正解は「気持ち」である。
「表明したのはおわびでなく、気持ちである。」と主張できる余地を残しているのである。
「いや、そうではない」というのなら、「どうして『おわびを表明した』と表現しなかったのか、と反論されることになる。
日本側が、すなおに謝罪を表明したくなかった感情が、この表現からうかがえるのであある。
朝鮮語の宣言文は、はっきりと「痛切な反省とここからの謝罪の意を表明した」と「謝罪を明記した。
ところが、日本語の宣言文は「痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明した」と述べ、「謝罪」という言葉を意図的に使っていないのである。
また、朝鮮語の宣言文には、「気持ち」という言葉は使われていないのである。
以上でした。
他にも、日朝文で重要な相違があるかも。
これは メッセージ 144694 (kuecoe さん)への返信です.
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