小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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きっと会える<大沢さん証言編>(中)

投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2004/06/07 17:40 投稿番号: [136465 / 232612]
■兄弟で二人三脚
  二〇〇二年九月二十日。佐渡で行方不明になった大沢孝司さんのいとこ浅野南さん(五五)=西蒲巻町=が、新聞の号外を手に孝司さんの兄昭一さん(六八)の会社に勇んで飛び込んできた。
  「これ見てくれ。孝司の名前も出てるよ」。号外は、日朝首脳会談で北朝鮮側が明かした五人目の生存者は旧佐渡真野町の曽我ひとみさんと報じ、最後に大沢さんにも触れていた。
  政府に招致認定されていなかった曽我さんの生存、同じ佐渡からの拉致−。
  自殺だと思い続けてきた昭一さんだが、直感的に「拉致」と確信。心の奥底に眠っていた弟への思いが一気に呼び起こされた。
  その日の夕食。昭一さんは救出活動に取り組みたいと家族に伝えた。
  「もし孝司が生きて現れにとき、『どうしておれだけ捜してくれなかったのかと言うかもしれない。やれるだけやろう」
  だが、父福一郎さん(九四)は反対した。
  「もう、掘り返すことはしたくない」
  昭一さんは父の本音に気づいていた。孝司さんの失踪の真相を知りたい思いはあっても、親としては何より昭一さんへの負担を心配していたのだ。
  長男の固い決意に、ついに父親は折れた。「やってくれるか」。横浜市の二男茂樹さん(六三)も電話で「分かった」と承諾。弟の救出に向けて、兄弟の二人三脚が始まった。
  昭一さんは「新潟救う会」の小島晴則会長に電話をかけた。「やっぱり拉致じゃないかと思います」
  二十四日、小島会長と県警に再調査を要請し、県庁で会見。大勢の記者に囲まれた。「一度入った渦。もまれるしかない」。昭一さんは腹をくくった。

  □    ■    □
  「飲んだし食ったし、帰って寝るか」。〇三年九月、昭一さんと茂樹さんは旧佐渡新穂村の孝司さん失踪現場を再び訪れた。
  直前に食事をした焼き肉屋の主人荒井とめさん(七二)が、孝司さんが帰り際に残した言葉を証言。聞き慣れた口癖に、二人の脳裏には弟の姿が浮かび上がった。
  「自殺する前に言う言葉じゃない」。拉致への迷いは確信へと変わった。
  拉致被害者五人の家族の帰国に向けた日朝協議が進んでいるが、大沢さんら未認定者の家族には政府の「認定」という高いハードルが立ちはだかる。帰国が実現すれば、未認定者の問題が取り残されたまま幕引きされるのではないか。未認定者の苦悩は多い。
  茂樹さんは訴える。「黙っていれば何も動かない。北朝鮮との交渉のテーブルで名前を出してもらえるよう、早く政府に認定してもらいたい」

  □    ■    □
  孝司さんは大学時代、横浜市の茂樹さん宅で暮らした。卒業後に何度か増築やリフォームを行ったが、孝司さんがいた二階の六畳和室だけは当時のまま残されている。
  「今でも『やあっ』って言って出てくるんじゃないかと思って」。茂樹さんの妻チヅ子さん(六三)は今も家の鍵を掛けずに帰りを待っている。
  行方不明当時二七歳だった孝司さんも、今は五七歳。蓮池薫さん(四六)や曽我ひとみさん(四四)より一回り年上だ。長男として冷静に現実を見つめる昭一さんは、複雑な思いを抱えている。
  「北朝鮮で生きていたら、向こうの人と結婚して子どもがいて、孫もいるだろう。蓮池さんたちのように家族で帰国とはならないかもしれない」
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