崩壊論〜南アフリカ編1〜
投稿者: komash0427 投稿日時: 2004/06/02 14:08 投稿番号: [134905 / 232612]
>ここらへんの時代のことは、陳舜臣や宮城谷昌光の小説が多く、
>随分とお世話になりました。
>「三国志」も「水滸伝」もいくつものバリエーションを読みました。
ご存知かもしれませんが、今月から日経新聞の私の履歴書で陳舜臣さんが連載をはじめましたね。かれの三国志を大分前に読みましたが途中で挫折しました。
世界でもっとも治安が悪く、エイズ感染者数も多数いるとされる南アフリカですが、最近の明るいニュースとすれば2010年のワールドカップ開催が決まったことでしょう。本来なら2006年の開催のはずだったのですが、ひと悶着あってドイツに譲ることになりましたが、アフリカ大陸初の開催という称号は南アフリカが手にしました。
最近はどこの国の代表も昔と比べれば画一化してしまった傾向のある世界のサッカーですが、昔は各々の国柄がその代表のプレーに滲み出ていてとても楽しいものでした。良く組織の欧州、個人技の南米と言われていたものです。欧州でもラテン系とアングロサクソン系のスタイルは違いますし、南米でもインディオの色濃いボリビア、コロンビアとポルトガル系のブラジルとではスタイルはまったく違いました。アルゼンチンも宿敵ブラジルとは違う路線を歩んでいました。転機が訪れたのは、視聴率を優先して真昼の酷暑に強行した94年のアメリカ大会でした。この大会以降、どんな気候でも速く、強い要素を選手は求められることになってしまいました。
アフリカはというと、90年のイタリア大会開幕戦で前回優勝のマラドーナ率いるアルゼンチンに苦杯を舐めさせたカメルーンは世界のサッカー界に衝撃をもたらしました。これ以前にもアフリカのサッカーの実力は認められていましたが、このときベスト8に進んだカメルーンの活躍はアフリカ勢の自信の源になりました。
世界でも有数のサッカーが弱い地域であるアジア諸国は韓国の「ベスト4進出」に勇気付けられているのかどうか知りませんが、韓国は次回大会以降、主にヨーロッパのファン、選手、審判から「報復」に悩まされるかもしれません。ヨーロッパ人の執念深さに韓国へは同情してしまいそうです。86年のメキシコ大会では、嫌われ者だった社会主義「ソ連」は、本当ならベスト4に進出していてもおかしくない実力をもったチームでしたが、数々のアンフェアなジャッジに決勝トーナメント1回戦で涙を飲んでいます。
因みに韓国のプレースタイル?は、どんな相手でも失点覚悟でかなり前のめりになって攻撃します。競合相手に大量失点しますが1、2点とることができるチームという印象が強いです。
さて「制裁をせずに北を崩壊できるのか」というテーマを考えてみませんかと呼びかけておきながら、報告が遅くなって申し訳ありません。なんとか1回目の書き込みができるようになりました。
私自身南アフリカを訪問したことも生活をしたことがあるわけではないので、当地の人たちの基層文化を直接には知りませんが支配する方も、抵抗する方もキリスト教に影響を受けているような気がします。
「人類に対する犯罪」とされたこの問題に、多感な若い頃に少なからず関心もあったので、その頃の記憶と文献とインターネット上で探した評論などをたどって、「制裁をせずに北を崩壊できるのか」というテーマをアパルトヘイトの廃絶までの歴史の中から答えを探してみたいと思います。もしなかったらお許しください。
それでは本題に入ります。お釈迦様に説法かもしれませんがアパルトヘイト(人種差別、隔離政策)がどんなものだったのか、とりあえず南アフリカの歴史をダイジェストで振り返ってみたいと思います。
>随分とお世話になりました。
>「三国志」も「水滸伝」もいくつものバリエーションを読みました。
ご存知かもしれませんが、今月から日経新聞の私の履歴書で陳舜臣さんが連載をはじめましたね。かれの三国志を大分前に読みましたが途中で挫折しました。
世界でもっとも治安が悪く、エイズ感染者数も多数いるとされる南アフリカですが、最近の明るいニュースとすれば2010年のワールドカップ開催が決まったことでしょう。本来なら2006年の開催のはずだったのですが、ひと悶着あってドイツに譲ることになりましたが、アフリカ大陸初の開催という称号は南アフリカが手にしました。
最近はどこの国の代表も昔と比べれば画一化してしまった傾向のある世界のサッカーですが、昔は各々の国柄がその代表のプレーに滲み出ていてとても楽しいものでした。良く組織の欧州、個人技の南米と言われていたものです。欧州でもラテン系とアングロサクソン系のスタイルは違いますし、南米でもインディオの色濃いボリビア、コロンビアとポルトガル系のブラジルとではスタイルはまったく違いました。アルゼンチンも宿敵ブラジルとは違う路線を歩んでいました。転機が訪れたのは、視聴率を優先して真昼の酷暑に強行した94年のアメリカ大会でした。この大会以降、どんな気候でも速く、強い要素を選手は求められることになってしまいました。
アフリカはというと、90年のイタリア大会開幕戦で前回優勝のマラドーナ率いるアルゼンチンに苦杯を舐めさせたカメルーンは世界のサッカー界に衝撃をもたらしました。これ以前にもアフリカのサッカーの実力は認められていましたが、このときベスト8に進んだカメルーンの活躍はアフリカ勢の自信の源になりました。
世界でも有数のサッカーが弱い地域であるアジア諸国は韓国の「ベスト4進出」に勇気付けられているのかどうか知りませんが、韓国は次回大会以降、主にヨーロッパのファン、選手、審判から「報復」に悩まされるかもしれません。ヨーロッパ人の執念深さに韓国へは同情してしまいそうです。86年のメキシコ大会では、嫌われ者だった社会主義「ソ連」は、本当ならベスト4に進出していてもおかしくない実力をもったチームでしたが、数々のアンフェアなジャッジに決勝トーナメント1回戦で涙を飲んでいます。
因みに韓国のプレースタイル?は、どんな相手でも失点覚悟でかなり前のめりになって攻撃します。競合相手に大量失点しますが1、2点とることができるチームという印象が強いです。
さて「制裁をせずに北を崩壊できるのか」というテーマを考えてみませんかと呼びかけておきながら、報告が遅くなって申し訳ありません。なんとか1回目の書き込みができるようになりました。
私自身南アフリカを訪問したことも生活をしたことがあるわけではないので、当地の人たちの基層文化を直接には知りませんが支配する方も、抵抗する方もキリスト教に影響を受けているような気がします。
「人類に対する犯罪」とされたこの問題に、多感な若い頃に少なからず関心もあったので、その頃の記憶と文献とインターネット上で探した評論などをたどって、「制裁をせずに北を崩壊できるのか」というテーマをアパルトヘイトの廃絶までの歴史の中から答えを探してみたいと思います。もしなかったらお許しください。
それでは本題に入ります。お釈迦様に説法かもしれませんがアパルトヘイト(人種差別、隔離政策)がどんなものだったのか、とりあえず南アフリカの歴史をダイジェストで振り返ってみたいと思います。
これは メッセージ 134764 (sofiansky2003 さん)への返信です.