続き。。
投稿者: gunnjiamachua15 投稿日時: 2004/05/11 00:12 投稿番号: [124864 / 232612]
文字の世界ということでは、手紙も同じだが、手紙はメールよりも手間と時間がかかる。その間に、次第に激しい感情も収まり、手紙を書き換えたり、結局投函しないこともある。
メールは、その場で書き、そのまま送信ボタン一つで相手に送ってしまう。マスコミへの意見も、手紙よりもメールの方が激しい批判が多いようである。
悪意を感じてしまう
そして人は、自分が見たいと思うものを見る。たとえば、悪意を持った相手からのメールは、悪意あるもののように感じてしまう。
相手の気持ちを考えるためのヒントが少ないだけに、想像力が発揮される。
こうして悪循環が始まれば、憎しみが増し加わり、非難と皮肉だらけのメール攻撃がなされるのである。
さて私の場合は、ショッキングなメールをもらった場合には返信までにしばらく時間を置くことにしてある。傷ついた心が時間と共に癒され、相手を論破してやろういう誘惑に勝てるようになるまで。
あるネチケット(ネット上のエチケット)に関するページには、次のようにあった。「面と向かっていえないようなことはネットでも言うのをやめよう。」
正義の味方?
乱暴な攻撃をしている人を他人が見れば、その乱暴者を悪と見るだろう。しかし、多くの場合、その当人は自分を「善」だと思っている。
いろいろな場面で悪人どころか、むしろ「正義の味方」として現れて、自分からみた悪人、不適切な人間、どう見ても間違った(と思い込んでいる)発言に対して、激しい攻撃をする人間がいる。
もちろん、実際に正義の味方が悪人を懲らしめている場合もあるだろう。だが、自称「正義の味方」もたくさんいるかもしれない。
さて、こんな正義の味方に見込まれてしまうと大変だ。異論、反論はもちろんのこと、賛成できる内容に対して出さえ、もっとこうすべき、もっとこういうページも作るべきと、次々と要求を押し付けてくる。
こんな正義の正義の味方は、迷惑な話だが、本人に悪意がないのも事実出である。こちらに不十分な点があれば、争わずに謝ってしまうのも、賢明な方法だろう。
心が傷ついたとき
相手がどのような人であれ、人間関係がこじれそうになったときに、「お詫び」はとてもよく効く薬になる。
早い段階の謝罪が、その後の長いトラブルを防ぐだろう。
ただし、謝ることができるためには、こちら側に心の余裕が必要だ。自分が愛されている、認められている、わかる人にはわかってもらえている、そんな余裕があって、はじめて、人に謝る事もできる。
しかし、人から非難されたり、反論されたときに、相手の言葉とこちらの精神状態によるが、しばしば心が傷ついてしまうことがある。
心が傷つけば、心を守りたくなる。(心理学的に言えば、「防衛的」になる)
必死になって、自分の正しさを主張したくなる(「正義の味方」の心理だ)。
そして、文字のやり取りでは、相手の言葉のスミをつつくような言葉の応酬となって、ますます互いの心が傷つき、さらに激しいネット上の争いに発展することもあるだろう。
争いを防ぐためには、相手の心をなだめるだけではなく、自分の心の癒しが必要なときもある。
戦うべき相手は、口論の相手ではなく、自分自身の心かもしれない。
メールは、その場で書き、そのまま送信ボタン一つで相手に送ってしまう。マスコミへの意見も、手紙よりもメールの方が激しい批判が多いようである。
悪意を感じてしまう
そして人は、自分が見たいと思うものを見る。たとえば、悪意を持った相手からのメールは、悪意あるもののように感じてしまう。
相手の気持ちを考えるためのヒントが少ないだけに、想像力が発揮される。
こうして悪循環が始まれば、憎しみが増し加わり、非難と皮肉だらけのメール攻撃がなされるのである。
さて私の場合は、ショッキングなメールをもらった場合には返信までにしばらく時間を置くことにしてある。傷ついた心が時間と共に癒され、相手を論破してやろういう誘惑に勝てるようになるまで。
あるネチケット(ネット上のエチケット)に関するページには、次のようにあった。「面と向かっていえないようなことはネットでも言うのをやめよう。」
正義の味方?
乱暴な攻撃をしている人を他人が見れば、その乱暴者を悪と見るだろう。しかし、多くの場合、その当人は自分を「善」だと思っている。
いろいろな場面で悪人どころか、むしろ「正義の味方」として現れて、自分からみた悪人、不適切な人間、どう見ても間違った(と思い込んでいる)発言に対して、激しい攻撃をする人間がいる。
もちろん、実際に正義の味方が悪人を懲らしめている場合もあるだろう。だが、自称「正義の味方」もたくさんいるかもしれない。
さて、こんな正義の味方に見込まれてしまうと大変だ。異論、反論はもちろんのこと、賛成できる内容に対して出さえ、もっとこうすべき、もっとこういうページも作るべきと、次々と要求を押し付けてくる。
こんな正義の正義の味方は、迷惑な話だが、本人に悪意がないのも事実出である。こちらに不十分な点があれば、争わずに謝ってしまうのも、賢明な方法だろう。
心が傷ついたとき
相手がどのような人であれ、人間関係がこじれそうになったときに、「お詫び」はとてもよく効く薬になる。
早い段階の謝罪が、その後の長いトラブルを防ぐだろう。
ただし、謝ることができるためには、こちら側に心の余裕が必要だ。自分が愛されている、認められている、わかる人にはわかってもらえている、そんな余裕があって、はじめて、人に謝る事もできる。
しかし、人から非難されたり、反論されたときに、相手の言葉とこちらの精神状態によるが、しばしば心が傷ついてしまうことがある。
心が傷つけば、心を守りたくなる。(心理学的に言えば、「防衛的」になる)
必死になって、自分の正しさを主張したくなる(「正義の味方」の心理だ)。
そして、文字のやり取りでは、相手の言葉のスミをつつくような言葉の応酬となって、ますます互いの心が傷つき、さらに激しいネット上の争いに発展することもあるだろう。
争いを防ぐためには、相手の心をなだめるだけではなく、自分の心の癒しが必要なときもある。
戦うべき相手は、口論の相手ではなく、自分自身の心かもしれない。
これは メッセージ 124862 (gunnjiamachua15 さん)への返信です.