子供の頃の思い出
投稿者: ringo_pie03 投稿日時: 2004/02/22 10:12 投稿番号: [108224 / 232612]
子供の頃は借家住まいだったで内風呂が無く、銭湯に行った。
10歳くらいだった私の目に、50歳くらいに思われた女性達の会話が耳に入ってきた。
それは日本語ではなかった。
日本人と同じような肌の色に黒い髪。不思議な思いでちらりと一瞥したが、特に関心もなくそのまま帰宅した。
当時ほんとに差別などあったのだろうか。
だとしたら堂々と母国語での会話が出来ただろうか。
外国人登録に際して、指紋押捺を課せられると聞いたとき、私は大まじめに「犯罪者でもないのに、指紋をとるなんて許せない」と寝ぼけたことを考えていた。
それは身近な友人に在日が少なくなかったからだった。
また報道で知る、在日と日本人との結婚で韓国籍を取った日本人女性が、自分は何一つ変わらないのに、結婚と同時に指紋押捺を強要されるのは納得できない、と言う主張に愚かにも納得させられてしまった。
巧妙なレトリック。
彼女は外国人になる選択をしたのだ。
それは日本の国からの離脱である。
国籍選択の自由を認められた国で、自ら韓国人になる選択をしたのに、日本での法的保護を受けようとするのは誤りであり、そこに感情論を持ち込んで、横車を押す。
無理が通れば道理が引っ込む、の通りであった。
「1974年の法務省編「在留外国人統計」によれば、在日韓国・朝鮮人の日本上陸(は)――略――概算1889人(2.3%)ほどが、真に強制連行の名に値する在日朝鮮人だということになる。」
朝鮮では食えないから、と言う理由で渡日してきたのに、我々の父祖は強制連行された、などとでたらめを言う朝鮮人達を私は許せない。
そのうえ、厚かましく外国人登録に反対して新たな密航者が日本で生活しやすい環境を設けるのに好都合な状況を作り出してしまった。
外国人登録法改正など朝鮮人と犯罪の関わりを知っていたら、これを支持など出来なかっただろう。
自分の無知を恥じる。
取り返しのつかない状況を作り出す一因となってしまったが、今後の日本のあるべき姿を再建するために、少しでも過去の歴史認識の誤りについて知識を得て、広く伝えてゆきたいと思う。
これは メッセージ 108221 (ringo_pie03 さん)への返信です.
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