金容淳死亡と金正日体制の未来⑩
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2004/01/19 06:50 投稿番号: [102132 / 232612]
金容淳はなぜ済州島に立ち寄ったのか
済州道はいま、わが国の領土のうちで最も顕著な安保脆弱地域だ。1945年の光復後、韓国で最初に左翼暴動がおきた場所が済州道である。国連監視下で大韓民国政府樹立のために実施した1948年5月10日の総選挙を妨害しようと、金日成の指令と南労党の合作で済州道左翼勢力を動員し、4・3事件を起こしたのである。その後、北朝鮮は絶えず韓国での社会混乱を造成するために暴動、反乱、民衆蜂起などを画策し、麗水・順天反乱事件、智異山共産軍活動などでわれわれの社会を困らせた。
そのうち北朝鮮の武装共産軍が直接投入された事件として、1960年代の全北地域に浸透した283軍部隊武装ゲリラ、1968年1月21日に青瓦台を奇襲しようとした特攻隊(別名金新朝部隊)と、同年11月2日に蔚珍・三陟に浸透し江原道一帯で遊撃戦を繰り広げた124軍部隊のぞっとするような蛮行をわれわれが記憶していたとしてもなお、北朝鮮は機会さえあれば民衆蜂起、さもなくば武力による韓国転覆を夢見ていたのである。
1970〜1980年代には17空輸旅団を韓国後方に投入するゲリラ作戦を計画し、韓国でソウル、馬山、光州などで同時多発の民衆蜂起が起これば行動を開始する万全の準備を整えていたものの、韓国での民衆蜂起が不発に終わり、左翼勢力の作戦態勢が不備なために放棄したことがあった。
現在、韓国では政界・言論界など社会のあらゆる分野で親北・左翼が公然と暴れる時代になったが、北朝鮮はいまでも武力南侵の刃を研ぎ続けている。そのなかで、われわれが特に警戒しなければならないのは、彼らの後方撹乱ゲリラ作戦である。そのような作戦を計画して指揮するのは、人民武力省総参謀部偵察局だ。
上で言及した17空輸旅団は、後に特殊8軍団と改編され、現在は平壌北方で猛訓練の最中である。彼らは韓国に南北赤化統一のための「決定的事態」が造成されれば、韓国後方に投入されゲリラ作戦を展開できるよう、常に準備されているのだ。部隊員たちは韓国軍の制服と階級章を付けており、韓国軍が編成する兵器で訓練している。ところが彼らの作戦地域には、済州道が含まれているという事実である。
2000年9月、北朝鮮の対南工作の総責任者である金容淳と、人民武力相の金鎰竽が済州道に立ち寄り、翌年5月に四隻北朝鮮商船が悠然と済州道北方のわが国の領海を通過したにもかかわらず、韓国政府や韓国海軍は何の対応措置もないまま玉虫色の反応を示した。2002年6月29日に西海交戦が発生し、この一連の事件が何を意味するのか、尋常ならざるものがある。
すなわちそれは金容淳と金鎰竽が済州島を現地調査したのではないかという気がしたのだが、その後の事件は韓国軍の対応態勢と対応の速度を試験し、韓国民の反応を窺ったのに違いないと感じた。のみならず、わが国の国会は4・3事件真相の糾明と、鎮圧作戦で犧牲になった人々の名誉を回復し、報償金までを与えようという特別法を通過させた。
盧武鉉大統領はさる10月31日、政府レベルで済州道民たちに公式謝罪しながら、4・3事件の鎮圧に関して「過去の国家権力の誤ち」、「冷戦と民族分断が作り出した悲劇」という表現を使って、左翼勢力による民族の被害については一言の言及もなかった。彼はまた、済州道を行政、経済、租税の面で特別自治区域にするという自らの構想を発表した。行政的に独立させた次に、国家安保の次元で済州道をどうするのか、非常に気になる。
北朝鮮の対南工作、済州道、現政府の安保政策、どんな数学公式や化学方程式で解けば答えが出るのか、もうすこし研究が必要な問題である。過去に多くの北朝鮮間諜たちが、済州島を通じて韓国に浸透した事実を忘れてはならない。
済州道はいま、わが国の領土のうちで最も顕著な安保脆弱地域だ。1945年の光復後、韓国で最初に左翼暴動がおきた場所が済州道である。国連監視下で大韓民国政府樹立のために実施した1948年5月10日の総選挙を妨害しようと、金日成の指令と南労党の合作で済州道左翼勢力を動員し、4・3事件を起こしたのである。その後、北朝鮮は絶えず韓国での社会混乱を造成するために暴動、反乱、民衆蜂起などを画策し、麗水・順天反乱事件、智異山共産軍活動などでわれわれの社会を困らせた。
そのうち北朝鮮の武装共産軍が直接投入された事件として、1960年代の全北地域に浸透した283軍部隊武装ゲリラ、1968年1月21日に青瓦台を奇襲しようとした特攻隊(別名金新朝部隊)と、同年11月2日に蔚珍・三陟に浸透し江原道一帯で遊撃戦を繰り広げた124軍部隊のぞっとするような蛮行をわれわれが記憶していたとしてもなお、北朝鮮は機会さえあれば民衆蜂起、さもなくば武力による韓国転覆を夢見ていたのである。
1970〜1980年代には17空輸旅団を韓国後方に投入するゲリラ作戦を計画し、韓国でソウル、馬山、光州などで同時多発の民衆蜂起が起これば行動を開始する万全の準備を整えていたものの、韓国での民衆蜂起が不発に終わり、左翼勢力の作戦態勢が不備なために放棄したことがあった。
現在、韓国では政界・言論界など社会のあらゆる分野で親北・左翼が公然と暴れる時代になったが、北朝鮮はいまでも武力南侵の刃を研ぎ続けている。そのなかで、われわれが特に警戒しなければならないのは、彼らの後方撹乱ゲリラ作戦である。そのような作戦を計画して指揮するのは、人民武力省総参謀部偵察局だ。
上で言及した17空輸旅団は、後に特殊8軍団と改編され、現在は平壌北方で猛訓練の最中である。彼らは韓国に南北赤化統一のための「決定的事態」が造成されれば、韓国後方に投入されゲリラ作戦を展開できるよう、常に準備されているのだ。部隊員たちは韓国軍の制服と階級章を付けており、韓国軍が編成する兵器で訓練している。ところが彼らの作戦地域には、済州道が含まれているという事実である。
2000年9月、北朝鮮の対南工作の総責任者である金容淳と、人民武力相の金鎰竽が済州道に立ち寄り、翌年5月に四隻北朝鮮商船が悠然と済州道北方のわが国の領海を通過したにもかかわらず、韓国政府や韓国海軍は何の対応措置もないまま玉虫色の反応を示した。2002年6月29日に西海交戦が発生し、この一連の事件が何を意味するのか、尋常ならざるものがある。
すなわちそれは金容淳と金鎰竽が済州島を現地調査したのではないかという気がしたのだが、その後の事件は韓国軍の対応態勢と対応の速度を試験し、韓国民の反応を窺ったのに違いないと感じた。のみならず、わが国の国会は4・3事件真相の糾明と、鎮圧作戦で犧牲になった人々の名誉を回復し、報償金までを与えようという特別法を通過させた。
盧武鉉大統領はさる10月31日、政府レベルで済州道民たちに公式謝罪しながら、4・3事件の鎮圧に関して「過去の国家権力の誤ち」、「冷戦と民族分断が作り出した悲劇」という表現を使って、左翼勢力による民族の被害については一言の言及もなかった。彼はまた、済州道を行政、経済、租税の面で特別自治区域にするという自らの構想を発表した。行政的に独立させた次に、国家安保の次元で済州道をどうするのか、非常に気になる。
北朝鮮の対南工作、済州道、現政府の安保政策、どんな数学公式や化学方程式で解けば答えが出るのか、もうすこし研究が必要な問題である。過去に多くの北朝鮮間諜たちが、済州島を通じて韓国に浸透した事実を忘れてはならない。
これは メッセージ 102131 (sofiansky2003 さん)への返信です.