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封建社会は各国で違う。

投稿者: fabyounkana 投稿日時: 2004/01/11 22:35 投稿番号: [100087 / 232612]
  中国の封建社会を日本に当てはめるおろかさと「傲慢さ」はばかげている。

封建制度の設立

中世ヨーロッパの封建制度はどのようにして始まったのか。
中世ヨーロッパにおいて、偉大なる王であったカール大帝の死後から約1000年余りの間、ヴァイキングに代表される侵略者の攻撃は、それまでの西ヨーロッパの生活を大きく変化させていきました。ほとんどの支配者、領主達は侵略者であるヴァイキングに対抗するには弱すぎたのです。そのため、権力と力のある貴族達が、自分の力で土地を守らなければいけませんでした。王への忠誠は残ってはいるものの、貴達は王から独立して動きました。王への忠誠を基盤にまとめられた貴族(地方領主)によるピラミッド的支配構造を封建制度(feudalism)といいます。封建制度は混沌とした中世に一定の秩序を与えました。


封建社会の始まり
封建制度はドイツの風習から生じました。当時のドイツの部族では、戦士は彼らのリーダーに忠誠を誓い、そのリーダーのために戦います。その見返りとして、リーダーは彼らの必要とするものを与えるのです。それは武器防具であったり、美しい女性であったりもします。ドイツの王国の貴族達は、この伝統を長い間続けていました。下級貴族(lesser   lords)は騎士として、あるいは騎兵として、領主(君主)、あるいはよりいっそう権力のある貴族に仕えました。またフランスが騎士の発端だという説もありますが、白炎としてはドイツの方を取りたいですね。個人的には(←ドイツ好き・笑)。

  700年代、新たな発明、鐙(馬に乗る際に足をかける金具)が封建政府度を強化します。鐙が当時の戦争の様式を一変させたのです。騎士が馬上で体を固定させやすくなったため、より防御力のある重い鎧や、より重い武器を運ぶことが出来るようになったのです。しかし鎧や馬は大変高価なものでした。その上、効果的に使うにはかなりの訓練を必要とします。ほとんどの騎士には、馬や鎧を買うだけの十分な資金や時間がなかったのです。この件については、後ほど「当時の生活」で詳しく供述することになります。

  Charles Martelは、イスラム教徒との戦闘における重装備兵の重要さに気づいていました。そのため彼は金を払うだけの財力がない間は、金の代わりに褒章として土地を与えたのです。王(君主)に仕えている間は、その土地によって、騎士たちは彼と彼自身の家族を養うことが出来ます。こうしてこの後数世紀の間に、土地の代償に軍事力を提供するという習慣が広まったのです。日本の封建社会の始まりと似ている部分がありますね。
 
  ヴァイキングの侵攻の間、強力な権力をもつ領主(君主)は、広大な土地をその支配化に置いていました。そしてそれらを彼の家(vassals)に分け与えたのです。同様に、下級貴族は彼の家臣に土地を分け与えます。この過程が、家臣がいな家臣に到達するまで続きました。こうした領主(君主)と家臣の関係が、封建制度の中心となっているのです。
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