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封建社会(江戸時代)は資本主義の濫觴

投稿者: mutekinozerosen 投稿日時: 2004/01/11 22:20 投稿番号: [100082 / 232612]
半島の人間には、封建制度は殷や周のものであるという思い込みがある。事大主義からは当然である。なんでもかんでもシナ様が頭から離れない。

封建制度はヨーロッパにも日本にもあった。日本の場合では鎌倉幕府から始まる。幕府が領地を安堵する変わりに(半島人には安堵という言葉もわからないだろうが、わからなければ辞書を引くこと)、御家人は幕府に忠誠を誓う(「いざ鎌倉」−これも半島人は辞書を引け)。この程度は小学生の常識。古代シナが皇帝に関係のあるものを派遣して支配したのに対し、日本は土着の豪族、または貴族が地方に定着してその地方を支配するようになり、地方に勢力を張り、幕府の御家人となった。

御家人は、幕府から領地を安堵される代わりに幕府に忠誠を誓い、国難が生じた場合には幕府のために戦ったのである(蒙古襲来)。ここから公のために尽くすという武家の重要なモラルが生まれたのである。こうした経過は西欧の中世にも見られた事象である。いわゆる中世の騎士道がそうであろう。

日本は、宗教の世俗化、大衆化という意味で、宗教革命も経験しているのである。日蓮宗、曹洞宗、浄土真宗など、従来貴族が信仰していた様々な宗派が、日蓮や親鸞などの宗教改革者が現われて民衆に布教して広めていった。カルバンやルターの改革も宗教の世俗化という点で共通しているだろう。

江戸時代は封建社会というよりも、強力な軍事警察国家という性格の体制だった。徳川幕府は、大名に忠誠を求める一方、外様の強力な大名の力をいかに抑えるかに最も腐心している。国内の諸大名の反乱を抑えるための体制を確立し、そのための武力を持ったという意味で警察国家だったのである。徳川幕府を単純に封建社会と決め付けることはできない。それよりさらに進んだ警察国家の性格もあったのである。だからこそ庶民が自由に活動し、経済が発達して、様々な大衆文化が生まれたのである。半島には春画などないであろう。下世話な話だか、こういう文化こそ、社会や庶民の精神の自由を表すものさしである。(葛飾北斎の蛸と海女が絡む画を知っているか)

江戸時代は日本人の資本主義精神が確立した時代でもある。農民は農民なりに、商人は商人なりにその道に励むことが公に尽くすことになる。商人でいえば、財産も商売に励んだ結果蓄えることができるものであって、おのおの本分を尽くすことは公に尽くすことであるから、蓄財そのものは非難されるべきものではないとされたのである。これはマックスウェーバーの説く資本主義の精神と本質的に同じモラルといえるだろう。こうした日本人の性向は室町時代からあったようであるが、江戸時代儒学の発達で、日本人の性向に適切な言葉が与えられたのである。

以上のように、日本は西欧社会が経験してきた様々な出来事を共有しているのである。日本の社会の発展が歴史的には西欧社会の発展と相似形を描いているということは、日本人にとっては無意識的な常識である。シナや朝鮮の社会が平安時代と一緒と指摘されても、日本人には当然過ぎる常識であり、反論の余地のない常識であるにもかかわらず、半島人に理解できないのは当然のことである。彼らには日本と西欧にあった宗教改革もなく、封建制の経験もなく、資本主義精神の確立もなかったのであるから。

西欧と日本の歴史的類似性は古くから指摘されていたことであって、マルクスの資本論の中に典型的な封建社会の例として日本を挙げていたのが、最も古い例であろうか。日本では梅棹忠夫氏の「日本の文明史観」が有名であり、ユーラシア大陸の東西の端にある日本と西欧の類似性は、西欧の学問を専攻する学者の一致して説くことであって、従って日本人全体の常識でもある。

封建社会と資本主義の関係が理解できない半島人がまだいるようなので、以上指摘しておく。
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