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映画ランボーより凄い、実在した帝国軍人

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2009/06/03 17:35 投稿番号: [317 / 402]
兵個人の戦闘記録として唯一防衛省戦史叢書に記される働きをしています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%A9%E5%9D%82%E5%BC%98
(抜粋)アンガウルの戦い [編集]

アンガウルの戦い(Battle of Angaur)は第二次世界大戦におけるパラオ‐マリアナ戦役最後の戦いであり、この戦いで舩坂は多大な戦果を上げることになる。

擲弾筒および臼砲にて米兵を200人以上殺傷。 水際作戦により中隊が壊滅するなか、舩坂は筒身が真赤になるまで擲弾筒を撃ち続け、退却後は大隊残存兵らと島の北西の洞窟に籠城、ゲリラ戦へと移行した。

3日目には、舩坂も米軍の攻勢の前に左大腿部に裂傷を負う。米軍の銃火の中に数時間放置され、ようやく頼みの軍医がやって来るも、傷口を一目見るなり、自決用の手榴弾を手渡して去ってしまったという。

しかし、瀕死の重傷を負いながらも、舩坂は足を包帯代わりの日章旗で縛ることで止血し、夜通し這うことで洞窟陣地に帰り着き、翌日には左足を引き摺りながらも歩けるまでに回復している。その後も瀕死クラスの傷を何度も負うも、動くことすらままならないと思われるような傷でも、不思議と翌日には回復しているのが常であった。これについて舩坂は「生まれつき傷が治りやすい体質であったから」と、その理由を述べている。

舩坂は絶望的な戦況にあってなお、米兵から鹵獲した短機関銃で3人を一度に斃し、左足と両腕を負傷した状態で、銃剣で1人刺殺し、短機関銃を手にしていたもう1人に投げて顎部に突き刺して殺すなど、鬼神の如く奮戦を続けていた。実際、舩坂の姿を見た部隊員たちから、不死身の分隊長、鬼の分隊長と形容する声が聞かれるほどであった。
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