柳橋芸者小染のハワイ流離譚 2
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2007/12/25 10:44 投稿番号: [20 / 402]
片や実家に戻されたとはいえ、清和源氏につながる名門佐竹氏の寵愛を一度は受けた身だ。小染の親が大内蔵との交際を断固として許さなかった可能性がある。
もしかしたら二人は幼いころから淡い恋心を抱いていたかもしれない。それだからこそ、親の強制で妾奉公に出されたことが小染には我慢できなく、自ら悶着を起こして大名屋敷を飛び出したとも推理を飛躍できる。
勘当されたか、または自ら家を出たか、とにかく小染は実家を離れ芸者になることによって、誰はばかることなく大内蔵を間夫に出来たのだ。
そんな時恋敵の藤吉郎が現れる。小染の美貌に懸想したのだ。
与力というから、現代でいえば公社の係長補佐といったところか。
人の恋路に水をさす藤吉郎は絵に描いたような横恋慕振りを示す。まず密告して大内蔵を罪に落とす。ただし、これは冤罪ではない。大内蔵にとって、芸者の小染とつき合うには金が要っただろうし、女に対する男特有の見得もある。公金に手をつけなきゃならないほどに彼も小染におぼれていた。そこを恋敵に突かれたのだ。
「(藤吉郎は)いやがる小染を伊豆下田まで追いかけて行き・・」「伊豆下田の妓楼の入り婿になっていた(大内蔵)」とあるから、時系列を踏めば、横領が発覚し、江戸所払いの上下田に住居を定められた大内蔵のもとに小染が追いかけていく。都落ちだ。
小染は芸者家業だ。どこの土地でも生活は出来る。しかし流れてきた大内蔵はろくな職も甲斐性もない。小染に食わしてもらう形で二人は一緒に住み始めた。
しかしながら二人の蜜月はごく短期間で終わった。
横恋慕男藤吉郎がいよいよ思いを遂げようと下田に顔を出す。とんだところに北村大膳である。
下田は伊豆半島の突端付近に位置するが、江戸からどのくらいの旅程になるのだろう。もちろん通える距離ではない。親が死んだので故郷に帰るとでも言いつくろったか、藤吉郎は与力の職を長期に休んで下田に現れたことになる。
現代でいえば強度のストーカーでかなり危ないものがあるが、本来食い物も女も奪い取るのがオスの習性だろう。金や権力という野蛮が、金も力もない優男を蹴散らして獲物を奪い取る、本来的なオスの姿ともいえる。
とまれ、藤吉郎は下田の小染の座敷に毎日顔を出し口説きに口説く。こんな鄙であたら一生を潰さず江戸に一緒に帰ろうと必死に誘う。
女は、「男が自分をどれだけ欲しているか」というのがオス選別の重要な条件だ。。
一生をオスに託すのだから当然の選択眼といえる。小染はついに藤吉郎の「もの」になる。
藤吉郎は即座に小染を江戸に連れ帰り一緒に生活を始める。
一方置いてけ堀にされた罪人の大内蔵にしたところで、女の不実を責めるわけにはいかない。甲斐性のない身を捩りながらも去っていく小染を見送るしかなかった。
しかし救う神がいたということか、もとより好男子であり士分でもあった男だ、地元下田の妓楼の出もどり娘のところに入り婿の話が来る。これも運命と観念したか、大内蔵はその話に乗った。
小染にしても大内蔵にしても、想い想われた相手ではなかったが、結局は互いに伴侶を得たことになり、ドロドロした恋の鞘当は終局を迎えたはずだった。
しかし、運命という綺麗ごとではすまない、生々しい現実が藤吉郎を待っている。
「男の甲斐性」で小染を江戸に連れ帰った藤吉郎だが、彼とて安棒給の小役人に過ぎない。小染のような金のかかる女の世話は彼の器量を超えている。
そこで「役目を利用してのお蔵米買占め」という経済犯罪に手を染める。
そして発覚、藤吉郎は死を以って処罰される。
ここで訂正を試みたい。先稿で、(藤吉郎は)「役職を利用しての「お蔵米買占め」が暴露して自刃させられてしまう。」と書いたが、参考本では「暴露して‘毒殺‘されてしまう。」となっている。一方「刑死」とも書かれている。
武士の刑罰に‘毒殺‘という手段があったのか、どちらにしても浅学な私には初耳である。だからあえて「自刃」と書き換えたが、僭越であったかもしれない。
どなたか、江戸時代の武士階級の公の処罰に‘毒殺‘という慣例があったのかどうか、教えていただきたい。もしかしたら、家から縄付きが出るのを恐れた親族が藤吉郎を毒殺したのかとも、想像してみる。
また、参考本の巻末に筆者が引用した日米の資料が列挙されているが、小染の話が、そのうちどの資料を基にしたのか判断が出来ない。
ともあれ、藤吉郎という支えを失い独り身となった小染は大内蔵にその旨を文にて伝える。
恋しい小染が途方に暮れていることを知った大内蔵は居ても立ってもいられなくなるが今は妓楼に入り婿の身、想いは募っても如何ともしがたい。
大内蔵は悶々とした日を過ごすことになった。
つづく。
もしかしたら二人は幼いころから淡い恋心を抱いていたかもしれない。それだからこそ、親の強制で妾奉公に出されたことが小染には我慢できなく、自ら悶着を起こして大名屋敷を飛び出したとも推理を飛躍できる。
勘当されたか、または自ら家を出たか、とにかく小染は実家を離れ芸者になることによって、誰はばかることなく大内蔵を間夫に出来たのだ。
そんな時恋敵の藤吉郎が現れる。小染の美貌に懸想したのだ。
与力というから、現代でいえば公社の係長補佐といったところか。
人の恋路に水をさす藤吉郎は絵に描いたような横恋慕振りを示す。まず密告して大内蔵を罪に落とす。ただし、これは冤罪ではない。大内蔵にとって、芸者の小染とつき合うには金が要っただろうし、女に対する男特有の見得もある。公金に手をつけなきゃならないほどに彼も小染におぼれていた。そこを恋敵に突かれたのだ。
「(藤吉郎は)いやがる小染を伊豆下田まで追いかけて行き・・」「伊豆下田の妓楼の入り婿になっていた(大内蔵)」とあるから、時系列を踏めば、横領が発覚し、江戸所払いの上下田に住居を定められた大内蔵のもとに小染が追いかけていく。都落ちだ。
小染は芸者家業だ。どこの土地でも生活は出来る。しかし流れてきた大内蔵はろくな職も甲斐性もない。小染に食わしてもらう形で二人は一緒に住み始めた。
しかしながら二人の蜜月はごく短期間で終わった。
横恋慕男藤吉郎がいよいよ思いを遂げようと下田に顔を出す。とんだところに北村大膳である。
下田は伊豆半島の突端付近に位置するが、江戸からどのくらいの旅程になるのだろう。もちろん通える距離ではない。親が死んだので故郷に帰るとでも言いつくろったか、藤吉郎は与力の職を長期に休んで下田に現れたことになる。
現代でいえば強度のストーカーでかなり危ないものがあるが、本来食い物も女も奪い取るのがオスの習性だろう。金や権力という野蛮が、金も力もない優男を蹴散らして獲物を奪い取る、本来的なオスの姿ともいえる。
とまれ、藤吉郎は下田の小染の座敷に毎日顔を出し口説きに口説く。こんな鄙であたら一生を潰さず江戸に一緒に帰ろうと必死に誘う。
女は、「男が自分をどれだけ欲しているか」というのがオス選別の重要な条件だ。。
一生をオスに託すのだから当然の選択眼といえる。小染はついに藤吉郎の「もの」になる。
藤吉郎は即座に小染を江戸に連れ帰り一緒に生活を始める。
一方置いてけ堀にされた罪人の大内蔵にしたところで、女の不実を責めるわけにはいかない。甲斐性のない身を捩りながらも去っていく小染を見送るしかなかった。
しかし救う神がいたということか、もとより好男子であり士分でもあった男だ、地元下田の妓楼の出もどり娘のところに入り婿の話が来る。これも運命と観念したか、大内蔵はその話に乗った。
小染にしても大内蔵にしても、想い想われた相手ではなかったが、結局は互いに伴侶を得たことになり、ドロドロした恋の鞘当は終局を迎えたはずだった。
しかし、運命という綺麗ごとではすまない、生々しい現実が藤吉郎を待っている。
「男の甲斐性」で小染を江戸に連れ帰った藤吉郎だが、彼とて安棒給の小役人に過ぎない。小染のような金のかかる女の世話は彼の器量を超えている。
そこで「役目を利用してのお蔵米買占め」という経済犯罪に手を染める。
そして発覚、藤吉郎は死を以って処罰される。
ここで訂正を試みたい。先稿で、(藤吉郎は)「役職を利用しての「お蔵米買占め」が暴露して自刃させられてしまう。」と書いたが、参考本では「暴露して‘毒殺‘されてしまう。」となっている。一方「刑死」とも書かれている。
武士の刑罰に‘毒殺‘という手段があったのか、どちらにしても浅学な私には初耳である。だからあえて「自刃」と書き換えたが、僭越であったかもしれない。
どなたか、江戸時代の武士階級の公の処罰に‘毒殺‘という慣例があったのかどうか、教えていただきたい。もしかしたら、家から縄付きが出るのを恐れた親族が藤吉郎を毒殺したのかとも、想像してみる。
また、参考本の巻末に筆者が引用した日米の資料が列挙されているが、小染の話が、そのうちどの資料を基にしたのか判断が出来ない。
ともあれ、藤吉郎という支えを失い独り身となった小染は大内蔵にその旨を文にて伝える。
恋しい小染が途方に暮れていることを知った大内蔵は居ても立ってもいられなくなるが今は妓楼に入り婿の身、想いは募っても如何ともしがたい。
大内蔵は悶々とした日を過ごすことになった。
つづく。
これは メッセージ 19 (hendazo04 さん)への返信です.
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