日系二世の参戦 3
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2008/04/06 15:48 投稿番号: [110 / 402]
ルーズベルトの偽善ぶりは堂に入っている。彼は終戦の前年に亡くなるまで、日系米人の強制収容を止めようとはしなかった。お題目のアメリカ建国の理念はさほど薄っぺらなものだ。
近年、その行為を合衆国政府は謝罪し、強制収容された日系人に一人頭2万ドルほどの賠償を行ったが、実害はそんなものではなかった。築き上げた財産を没収され、生業の地を有無を言わせず追い払われたのである。
「ハワイ大学では、陸軍省の日系部隊編成発表当日に、大学の予備将校訓練団指揮官の大佐が、学生全員を集めて『ただいま、陸軍省が、千五百人の日系二世の志願兵を採用して、精鋭戦闘部隊を編成することを決定した。選抜徴兵委員会では、さっそく志願を受ける』と伝達した。大佐の伝達が終わるや否や、日系人学生たちの興奮が一気に爆発した。彼らは、言葉にならぬ歓声をあげながら教室を飛び出した。そしていっせいに選抜徴兵委員会までの5キロの道を走り出した。
それはたしかに異様な光景だった。‘ふつうの学生‘たちの多くは、いかにその戦争が正義の名のものに行われていようと、『敵』『味方』の殺し合いの戦場に赴くことを忌避するものだ。アメリカ人学生たちは、猛烈な点取り虫だ。なぜならM・A(修士号)やPh・D(博士号)を持っていれば、兵役免除(もしくは延期)の得点がまずあるからだ。だから学位獲得は、男子学生にとっては生命がかかっていた。またM・AやPh・Dを持っていると、日本と違って、就職の際は確実に待遇が違う。だから学生たちは、それこそ目の色を変えて、一点でも他人に差をつけて、より高い学位を得ることに腐心する。特に兵役のがれのために、男子学生のなかには、自分がいかに同性愛実践者であるかを他人から実証させようと必死になって演出する学生もいた。
そのように、どのような学生も兵役を拒否するのが常識なのに、ハワイのジャパニーズ・アメリカンの若者たちは、熱狂的に選抜徴兵委員会の事務所に長蛇の列を作り、少しでも早く登録されるよう押し合いへし合いを演じた。
徴兵登録票には、
二十七項「貴下は、合衆国軍隊に服従し、命じられた戦線で戦闘に参加することを希望するか?」
二十八項「貴下は、合衆国に無条件で忠誠を誓い、外国または国内の外敵に抗し、合衆国の国防に全面的に参与するか。同時に、日本の天皇あるいは他国の政府および団体に対し服従と忠節を拒絶するか?」とあった。
各島のジャパニーズ・アメリカンの‘特攻志願者‘たちが「YES」と答えたのは言うまでもない。
戦争という名の殺し合いの場へ国民を送り込む際、『国家』が、国民に要請するのは、『忠誠』という美名だ。『忠誠』とは何か。それはいうまでもなく、『国』に仇なす『敵』を、ともかく、わが身をなげうって倒す心情と実践にほかならない。
『日系市民特攻隊』の請願が認められたとき、スチムソン陸軍省長官は次のように語った。
『国民の敵に対する戦闘に参加するために、特殊な部隊を作ってもらいたいーーというのが、日本人の血統を継いで忠誠なるアメリカ国民が、熱心にしばしば出した請願であった。
陸軍省はさまざまな角度から検討を加えた後、日系人部隊の編成を認めるに至った・・・・。国民の敵に武器をとって立つことは、祖先の如何を問わず、あらゆる忠誠なる国民にとって、固有の権利であるーー』
忠誠―その言葉は、いかにも雄雄しく、格好よく、そして美しい表現だ。若者は、特にそのような美的興奮を伴った扇動に弱い。その扇動に乗って、若いエネルギーを爆発させ、『お国のために』猪突猛進して『忠誠』を尽くす行為が、『散華』ということになる。
いっぽう当時のアメリカ人の日系米人感は、なにより日本海軍による真珠湾奇襲の時点から、日系人は敵性人という烙印が、べったりその背中に捺されていたがゆえに、疑惑で敵視の眼差しからはなんとしても免れなかったのだ。
その疑惑と敵視と憎悪の端的な表現が、『ジャップ!』であった。『ジャップ!』は、日系人にとっては最大の蔑称であり、恥辱の最たるものであった。日系人はAJA (American of Japanese Ancestry) とか、あるいは単にJA (Japanese American) と呼ばれる。この二つの略称で呼ばれてもにこにこしている者が、いったん『ジャップ!』と言われたが最後、怒髪天を衝く状態になるのだ。
近年、その行為を合衆国政府は謝罪し、強制収容された日系人に一人頭2万ドルほどの賠償を行ったが、実害はそんなものではなかった。築き上げた財産を没収され、生業の地を有無を言わせず追い払われたのである。
「ハワイ大学では、陸軍省の日系部隊編成発表当日に、大学の予備将校訓練団指揮官の大佐が、学生全員を集めて『ただいま、陸軍省が、千五百人の日系二世の志願兵を採用して、精鋭戦闘部隊を編成することを決定した。選抜徴兵委員会では、さっそく志願を受ける』と伝達した。大佐の伝達が終わるや否や、日系人学生たちの興奮が一気に爆発した。彼らは、言葉にならぬ歓声をあげながら教室を飛び出した。そしていっせいに選抜徴兵委員会までの5キロの道を走り出した。
それはたしかに異様な光景だった。‘ふつうの学生‘たちの多くは、いかにその戦争が正義の名のものに行われていようと、『敵』『味方』の殺し合いの戦場に赴くことを忌避するものだ。アメリカ人学生たちは、猛烈な点取り虫だ。なぜならM・A(修士号)やPh・D(博士号)を持っていれば、兵役免除(もしくは延期)の得点がまずあるからだ。だから学位獲得は、男子学生にとっては生命がかかっていた。またM・AやPh・Dを持っていると、日本と違って、就職の際は確実に待遇が違う。だから学生たちは、それこそ目の色を変えて、一点でも他人に差をつけて、より高い学位を得ることに腐心する。特に兵役のがれのために、男子学生のなかには、自分がいかに同性愛実践者であるかを他人から実証させようと必死になって演出する学生もいた。
そのように、どのような学生も兵役を拒否するのが常識なのに、ハワイのジャパニーズ・アメリカンの若者たちは、熱狂的に選抜徴兵委員会の事務所に長蛇の列を作り、少しでも早く登録されるよう押し合いへし合いを演じた。
徴兵登録票には、
二十七項「貴下は、合衆国軍隊に服従し、命じられた戦線で戦闘に参加することを希望するか?」
二十八項「貴下は、合衆国に無条件で忠誠を誓い、外国または国内の外敵に抗し、合衆国の国防に全面的に参与するか。同時に、日本の天皇あるいは他国の政府および団体に対し服従と忠節を拒絶するか?」とあった。
各島のジャパニーズ・アメリカンの‘特攻志願者‘たちが「YES」と答えたのは言うまでもない。
戦争という名の殺し合いの場へ国民を送り込む際、『国家』が、国民に要請するのは、『忠誠』という美名だ。『忠誠』とは何か。それはいうまでもなく、『国』に仇なす『敵』を、ともかく、わが身をなげうって倒す心情と実践にほかならない。
『日系市民特攻隊』の請願が認められたとき、スチムソン陸軍省長官は次のように語った。
『国民の敵に対する戦闘に参加するために、特殊な部隊を作ってもらいたいーーというのが、日本人の血統を継いで忠誠なるアメリカ国民が、熱心にしばしば出した請願であった。
陸軍省はさまざまな角度から検討を加えた後、日系人部隊の編成を認めるに至った・・・・。国民の敵に武器をとって立つことは、祖先の如何を問わず、あらゆる忠誠なる国民にとって、固有の権利であるーー』
忠誠―その言葉は、いかにも雄雄しく、格好よく、そして美しい表現だ。若者は、特にそのような美的興奮を伴った扇動に弱い。その扇動に乗って、若いエネルギーを爆発させ、『お国のために』猪突猛進して『忠誠』を尽くす行為が、『散華』ということになる。
いっぽう当時のアメリカ人の日系米人感は、なにより日本海軍による真珠湾奇襲の時点から、日系人は敵性人という烙印が、べったりその背中に捺されていたがゆえに、疑惑で敵視の眼差しからはなんとしても免れなかったのだ。
その疑惑と敵視と憎悪の端的な表現が、『ジャップ!』であった。『ジャップ!』は、日系人にとっては最大の蔑称であり、恥辱の最たるものであった。日系人はAJA (American of Japanese Ancestry) とか、あるいは単にJA (Japanese American) と呼ばれる。この二つの略称で呼ばれてもにこにこしている者が、いったん『ジャップ!』と言われたが最後、怒髪天を衝く状態になるのだ。
これは メッセージ 1 (hendazo04 さん)への返信です.
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