南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

南京事件の真実とは何か(3−2)

投稿者: yominokuni57 投稿日時: 2005/05/24 22:45 投稿番号: [8771 / 29399]
南京事件の真実とは何か(3−2)
アイリス・チャン著『ザ・レイプ・オブ・南京』への反論

■中   村   粲
■東   中   野   修   道
■小   山   和   伸

C.日本軍による占領と共に南京に平和が回復した。

1.南京では敗残兵の処断や暴行ばかりが行はれた訳ではない。日本軍による南京占領と共に平和な市民生活が速やかに回復し、南京に帰る市民の数は日毎に増へ、数週間で遂に25万人に達した。これは陥落当初の南京の人口を上回る数である。この事は、『ラーベ日記』にも記されてゐる。
2.城外を中心に多くの敗残兵処断の行はれたことと、城内に多くの市民が戻つてきたことはどのやうに説明すべきなのか。それは、日本軍による処断の対象は反抗的な兵隊だけであつて、無辜(むこ)の市民ではないといふことを市民自身が十分承知してゐたことを物語つてゐる。兵士の処断は影、市民生活の回復は光である。この光と影の両方を眺める時に南京事件の真実が理解できる。3.皇軍(=日本軍)将兵と南京市民との和やかな交歓風景を示す写真を、朝日新聞や毎日新聞などの写真部員が何枚も撮つてゐるので、それを見て頂きたい。撮影者も撮影の日付も場所も明記してあり、信用できる証拠写真である(→7-9頁)。

D.東京裁判で中国側が提出した死者の数は果して信用できるだらうか。

1.中国は南京事件の被殺者を30万人以上としてゐるが、誇張好きの民族らしく、今や50万人、70万人、100万人説も出てゐる。我国では、某東大教授が100万人虐殺説を紹介してゐる。所で30万人虐殺が初めて主張されたのは東京裁判に於てであるが、それはいくつかの数字を合算したものである。その中で最も重要な二つの基礎数字を以下に批判する。   魯甦といふ男は、幕府山近くの村と草鞋峡地域で日本軍が中国の市民と兵士を大虐殺したのを咫尺の間に目撃したと申立て、その被殺者数は57,418名であつたと証言した。一体どうしてこの男は大虐殺を初めから終りまで目撃し、日本軍の厳しい監視下で死者の数を数へて回りながら処罰もされなかつたのであらうか。それにまた、どうして一桁まで数へることが出来たのであらうか。これが30万の5分の1なのである。2.もう一つの大きな出鱈目の数字を紹介する。中国の慈善団体である紅卍会と崇善堂の申立てによれば、前者が約4万、後者が約11万、双方の埋葬隊合せて155,337人の被殺死体を埋葬したと云ふ。これは30万の半分だが、この数も東京裁判で証拠として採用された。   厳冬期の南京の固く凍てついた地面を1米(メートル)以上も深く掘つて一死体を埋めるには少くとも2人の屈強な男が必要である。これは子供や女性や老人では到底出来ない仕事である。それ故、もし15万5千以上の死体埋葬が行はれたとすれば、殺人、強姦をはじめとする暴虐劇の展開する中で30万人を優に超える男達が働いてゐたことになる。屈強な男は真つ先に日本軍の処断の対象になつた筈だが、何故彼等は日本軍が虐殺をしてゐるすぐ傍らで埋葬作業が出来たのであらうか。これは日本人には想像し難い光景であらう。『ラーベ日記』には紅卍会については記されてゐるが、崇善堂についての記述はなく、崇善堂が約11万を埋葬したといふのは嘘であることが判る。   このやうに30万を構成する二つの大きな基礎数字である5万と11万、合せて16万が信用できないことになるので、これだけでも30万人虐殺は成り立たないことになる。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)