南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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>安全区以外は無人と断定できない

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2004/09/26 22:30 投稿番号: [6177 / 29399]
安全区以外には支那軍がいたので、無人ではありません。
当り前のことです。


>>国際安全委会は安全区にいる避難民の食糧調達や配給等にも関与したため、人口の把握が必要だった。

>必要だったかもしれませんが、実際に人口調査をおこなった形跡はありません。

人口はかぞえて足せば判ります。


>ラーベの日記にもある下関の霞棲寺の存在によって、「すべて」という当初の委員会の認識は、委員会自身によって否定されています。

で、霞棲寺で虐殺があったのですか?
私の記憶では、安全区以外にも避難場所があったのは確かですが、「霞棲寺」ではなく、別な名前の寺か何かだったと思います。
全く被害はなく、ラーべと同じように日本軍に礼状か何かを出していたと思います。
そもそも、そこには何人避難していたのですか?
重箱の隅っこを突っついて、例外中の例外を持ち出しても、何ら真相究明の役には立ちません。



>さらに、以下の記述を見ると、熊本師団は安全区以外に難民がいたという認識のようです。


>第六師団(熊本)

>「熊本兵団戦史」(熊本日日新聞社)より
>   それではわが郷土の第六師団はこの南京事件にどんな役割を果たしたのだろうか。

>   中国側軍事裁判の資料によれば虐殺された者は四十三万人、うち第六師団によると推定される者二十三万人。第十六師団十四万人、その他六万人という数字をあげている。

>   しかし実際には前述のように四十三万人の中には正規の戦闘行為による戦死者が大部分を占めていると推定される。もし戦闘行為を含むものであれば、第六師団は中国軍にとって最大の加害者であることに間違いはない。北支の戦場において、また直前の湖東会戦において、熊本兵団が敵に加えた打撃はきわめて大で、余山鎮、三家村付近だけでも死屍るいるいの損害を与えていた。

>   のみならず南京攻略戦では南京城西側・長江河岸間は敵の退路に当たり、敗兵と難民がごっちゃになって第六師団の眼前を壊走した。師団の歩砲兵は任務上当然追撃の銃砲弾を浴びせ、このため一帯の沼沢は死屍で埋められたという。

>   これは明らかに正規の戦闘行為によるものである。にもかかわらず中国側は虐殺として取り扱っている。

>(「熊本師団戦史」P128〜P129)


何か馬鹿馬鹿しいので、ノーコメント。
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