南京事件に至るまで〜18(南京特別市)
投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/08/26 06:27 投稿番号: [5941 / 29399]
南京事件に至るまで〜18(南京特別市)
南京特別区市は南京城壁内とその周辺地域からなる南京城区(西欧的都市計画仕様)は周囲に城壁を巡らした中に城あるいは城市と行政区として南京市に属する近郊県城(県も城壁によって囲われている)と村をあわせた近郊区からなる。
南京特別市の行政区には六合、江浦、江寧、りっすい、句容、高淳、の六県が含まれ、南京特別市の全面積は「日本の東京都と埼玉県、神奈川県を合わせた広さにほぼ匹敵」する。
南京の金陵大学社会学教授ルイス、S,Cスマイス氏の調査によれば当時1935年頃の近郊区の人口は高淳と六合県の半分を除いた四県半でも120万人〜135万人であり、南京城区は100万人の人口を抱える都であった。(笠原十九司氏著)
近郊農村区域の人口がこれほど多いのは、長江沿岸沿いのこの地域が昔から肥沃な米作地帯として栄えていたからである。
南京防衛軍がこの地に集結し、防御陣地で日本軍の侵攻を阻止しようとしたため、南京特別市区全域が南京攻略戦の戦場となったのであり、南京の虐殺事件もこの広域において発生している。
日本軍はこの南京戦区へ上海から取り囲む様に放射状に伸びた幹線道路6〜8路線を一路南京城を目指して進撃したのである。
道路沿いの村々や、周辺の村落、市場として栄えた鎮や県城が日本軍の攻撃と破壊、略奪、放火の標的とされ、中国人はその惨劇に巻き込まれていった。」
南京事件に至るまで〜19(りっすい県)に続く)
これは メッセージ 5940 (kinngyoya301 さん)への返信です.
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