南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京事件に至るまで〜 3

投稿者: kinngyoya301 投稿日時: 2004/07/31 06:23 投稿番号: [5664 / 29399]
南京事件にいたるまで〜3

1937年8月15日の南京渡洋爆撃は第二次上海事変が勃発する前日(8月12日)海軍軍司令部総長から中国派遣の第3艦隊(司令長官長谷川清中将)に対して下された。

(大海令第12号)「敵攻撃し来たらば、機を失せず敵航空兵力を撃破すべき」

8月13日夕方に上海戦の戦端が切られたのを待っていたかのように、同日夜   南京渡洋 が命ぜられたが、翌14日は東シナ海に停滞する台風のため爆撃機が長崎より出撃出来ず、台湾の台北基地を発進できた第3空襲部隊の18機が悪天候をおして杭州と広徳を空襲爆撃をしていた。

だが、、、8月15日の段階では、日本政府は軍中央と「不拡大方針をとり、戦争ではないとして、”北支事変”という呼称をことさらに使い、華北並びに上海での局地戦解決を模索していた。

上海戦の為に8月15日   上海派遣軍(司令官松井石根大将)が編組された。

編組とは上海派遣軍の任務は”上海地区の日本人居留民の保護に限定された、小範囲の一時的派遣”であり 通常の作戦軍ではない、、という意味である。

統帥権を持つ天皇の命令による「戦闘序列」という正式用語を使うことを避けたのである。

上海派遣軍の兵士も精鋭の現役兵を招集せず、戦力や規律で劣る「予備役」「後予備役」の兵隊を召集して派遣した。

参謀本部が、まだ、戦局の不拡大方針で望んでいたことの表れであろう。

*軍中央=陸軍と海軍の中央統括機関をあわせた総称

*参謀本部−陸軍の統帥(作戦、指揮、動員)陸軍省が内閣の一省として陸軍軍政に関する統括を行った。

*軍令部=海軍の統帥(作戦、用兵)に関し海軍省が内閣の一省として海軍軍政に関する統括を行った。

***
1937年兵役制度
男子満20才で徴兵検査を受け、現役として軍隊生活をするのが二年間、在営が終わると、さらに五年四ヶ月間の予備役、その後、十年間の後備役に服さねばならなかった。
***
後備役兵は二十才代後半から三十才代後半であり、体力の低下はもとより、殆どの者が妻帯者であり子持ちであった。一家を支えていた状況の中での出征であったから士気も低かった 。

陸軍の現役将校は陸軍士官学校の卒業生だけに限定されていたので、現役幹部が極端に不足し、若い現役将校は高年齢の兵士を部下として統率できず、
予備役将校は高齢すぎて実戦の実力に欠けていた。(南京の日本軍)

外務省は口で不拡大方針を唱い、”戦争はしません、申し訳ない”などと言いながら、軍部はすでに南京、杭州、広徳、上海に無差別爆撃を敢行していたのである。

南京事件に至るまで〜4に続く
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