南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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>>野田・向井両少尉の百人斬り競争

投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2004/05/04 21:24 投稿番号: [5103 / 29399]
>これは、『東京日日新聞』1937年11月30日(浅見、光本、安田特派員)、12月13日(浅海、鈴木特派員)の記事だけど、



はあ?
【百人斬り】の記事は【4本】あるんですけど?↓



http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/hyakunin/nichinichi.htm





>『東京日日新聞』というのは現在の『毎日新聞』で、その毎日新聞社が、平成元年の『昭和史全記録』という自社発行の本のなかで、「百人斬りは事実無根だった」と記載。




はいはい。

しかし、【毎日側】は、これは【執筆者の個人的見解】と言っています。


だから、遺族らから、【名誉毀損】で提訴されていますね。


http://homepage3.nifty.com/kyoho-enzai/boad/contents/E0700_22.html






>それに二少尉の直轄の隊長である富山武雄氏が、「この砲兵大隊は12月12日に南京東方で停止し湯水東方に駐屯したので、紫金山に二人がいるのはおかしい。
・・・と証言。




記者達が実際に【少尉二人に会った】と証言している。↓



・・・   このような異常な環境のなかにあって筆者たちの取材チームはM、N両少尉の談話を聞くことができたのです。

両少尉は、その後三、四回われわれのところ(それはほとんど毎日前進していて位置が変わっていましたが)に現われてかれらの「コンテスト」の経過を告げていきました。


その日時と場所がどうであったかは、いま筆者の記憶からほとんど消えていますが、

たしか丹陽をはなれて少し前進したころに一度、

麒麟門の附近で一度か二度、

【紫金山麓孫文陵前の公道あたりで一度か二度、】


両少尉の訪問を受けたように記憶しています。両少尉はあるときは一人で、あるときは二人で元気にやって来ました。

そして担当の戦局が忙しいとみえて、

【必要な談話が終ると】あまり雑談をすることもなく、あたふたとかれらの戦線の方へ帰っていきました。(後略)


浅海一男「新型の進軍ラッパはあまり鳴らない」(本多編『ペンの陰謀』   1977年   p.340-347)


http://homepage3.nifty.com/m_and_y/genron/data/nangjin/hyakunin/houdou.htm





>さらに、当の鈴木二郎元特派員も東京裁判に証人指名され呼出された際、検事に対し「どの特派員もこの二将校がじっさいに斬り殺した現場をみたわけではない。」と証言。



あはは。
だれも、【実際に見た】とは言っていませんよ。

【少尉二人の発言】を記事にしただけですからね、新聞記者は。
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