南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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敗戦から帰国まで

投稿者: dorawasabi5000 投稿日時: 2003/12/26 21:49 投稿番号: [4153 / 29399]
*「中帰連」のページから


今後、21世紀に向け、中国が如何に変貌して行こうとも、中国人民が存続して行くかぎり、日本の犯した罪は永久に消えない。

1200万人を故なく殺した事実は残る。

****殺した方は忘れても、殺された方は、ハッキリと歴史に刻み込んでおり、これを無視して、中国との将来の交流を広げようと思っても、それはムリである。



  世の中には、万巻の書を読んで、瞑想に耽り、真理に到達した人も居るであろう。しかし我々1000人が経験したものは、もっとダイナミックな、生々しい認識であった。



  好戦国日本に生まれ、否応なく戦争に駆り出され、他国民を殺りくし、そして戦後その国に捕らえられた我々は、

***その後の過程では、自分らの手で犯した人々と対話し、交流し、学習し、

****やった方がやられた方の立場と心境をトコトン知らされ、自分と日本のやったことを認識したのである。



  これで一つの歴史の表と裏とがつながった。同じ時代に生きても、他の日本人よりもはるかに深い人生の味を知り、平和というものの、真の味を知ることができたこと、この点で、

****撫順の6年間の中国の指導に感謝せざるを得ないのである。




最後に

  何という重い体験だったことか。

  認罪運動の直後にも、我々は思った。

「すごい体験をしてしまった。これは一体どういう意味を持っているのか。後で良く考えてみなくては・・・」。

  だがこの1000人は既に、中国人の痛みを、ズッシリと心で受け止めてしまった。

  日本に帰って職につき、結婚し家庭を持って、新しい人間関係の中に入り込んでも、この質問は耳の片隅で鳴りつづけ、結局生涯をかけての問題となったのである。



  帰国したのは、1956(昭和31年)の後半であった。日本は戦後11年目を迎えており、中国は建国から6年目、まだ文化大革命が起きる前の時期であった。


  我々は、日本に帰国してすぐに連絡部を作り、翌1957年に「中国帰還者連絡会」を作った。

****これが単なる連絡をしあう会、昔を偲ぶ会ではなかったことは今日までの活動が語ってくれるであろう。


(さわだ じろう 中国帰還者連絡会会員)

  http://www.ne.jp/asahi/tyuukiren/web-site/sawada_kikokumade.htm
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