大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(13)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/01 17:09 投稿番号: [29030 / 29399]
惨憺たる敗北を喫し、おびただしい数の「英霊」を増産した
インパール作戦の実情について、もう少し 記述しておこう。
南方軍復員本部復員課が 1946年6月に作成した資料、
「ウ号作戦及次期態勢移行ノ作戦間ノ給與及衛生」を引用する。
歩兵第六十七聯隊 大佐滝口一郎
給與 終始後方補給皆無ニシテ主食米ハ現地物資ヲ利用
セルモ、其他特ニ塩補給極メテ困難ニシテ全般的ニ
極メテ不良ナリ
衛生 給與ノ素悪、雨期、薬物補給ノ皆無等ニ依リ、
栄養失調、マラリア、脚気多発シ、戦病死者多発
スルノ止ムナキニ至リ、衛生状態極メテ不良ナリ
これは、報告の ごく一部であり、他の聯隊長からの報告も
同様か、あるいは それ以上に 悲惨な状況を報告している。
いずれも 作戦中は 糧秣の補給がなかったこと、
そのために 栄養失調やマラリア、脚気、赤痢などが多発し、
多数の死者が 出ていたことを 伝えている。
大本営が、作戦の失敗を ようやく認めて、中止を命じたのは
7月3日のことだったが、ときすでに 遅かった。
兵士の体力は衰え、健康な者など 誰一人 いなかった。
兵士の命を第一に考えるなら、いさぎよく降伏すべきなのだが、
敵の捕虜になるなら死ぬべきだ とする 皇軍においては
それは許されず、悲惨な退却が 試みられることになった。
飢餓に苦しみながら、雨期に入ったアラカン山系の密林の中を
退却中に力尽きた 将兵の死体が 退路を埋めた。
惨状は、生き残った兵士によって、次のように描かれている。
遺棄された死体が横たわり、手榴弾で自決した負傷兵の
屍があり、その数が だんだん増えてきた。
石ころの 難路を越え、湿地にかかると、動けぬ重症の
兵たちが三々五々屯していた。水をくれ、連れていって
くれと 泣き叫び、脚にしがみついて 放れないのだ。
髪はのび放題のび、よくもこんなにやせたものだと
思うほど、骨に皮をかけただけの、あわれな姿だ。
息はついているが、さながら 幽霊だった。
(中略)
途中、潅木の中にひそんだ盗賊にやられた兵が、
腹部を至近弾でやられ、雑嚢が散乱している姿を見た。
戦争は生きることの全貌を一変させるものだ。
生きるためには、味方さえ 殺しあうのだ。
われわれも、恥もなく 屍についた雑嚢を探したのだが
食い物はなにひとつはいっていなかった。 おぞましい
非人の仕業もあきらめ、歩いては休み、休んでは歩き、
体内に残る生命の焔をかきたて、生きようとする苦行だけは
つづけた。 (志摩辰郎「地獄街道の戦い」より引用)
日本兵は、餓死寸前の状態で、インパールからの退却を続けた。
まさに 地獄であり、どこにも 美しい「散華」は存在しない。
このような 退却の様相は、ほかの将兵によっても語られている。
インパール作戦の実情について、もう少し 記述しておこう。
南方軍復員本部復員課が 1946年6月に作成した資料、
「ウ号作戦及次期態勢移行ノ作戦間ノ給與及衛生」を引用する。
歩兵第六十七聯隊 大佐滝口一郎
給與 終始後方補給皆無ニシテ主食米ハ現地物資ヲ利用
セルモ、其他特ニ塩補給極メテ困難ニシテ全般的ニ
極メテ不良ナリ
衛生 給與ノ素悪、雨期、薬物補給ノ皆無等ニ依リ、
栄養失調、マラリア、脚気多発シ、戦病死者多発
スルノ止ムナキニ至リ、衛生状態極メテ不良ナリ
これは、報告の ごく一部であり、他の聯隊長からの報告も
同様か、あるいは それ以上に 悲惨な状況を報告している。
いずれも 作戦中は 糧秣の補給がなかったこと、
そのために 栄養失調やマラリア、脚気、赤痢などが多発し、
多数の死者が 出ていたことを 伝えている。
大本営が、作戦の失敗を ようやく認めて、中止を命じたのは
7月3日のことだったが、ときすでに 遅かった。
兵士の体力は衰え、健康な者など 誰一人 いなかった。
兵士の命を第一に考えるなら、いさぎよく降伏すべきなのだが、
敵の捕虜になるなら死ぬべきだ とする 皇軍においては
それは許されず、悲惨な退却が 試みられることになった。
飢餓に苦しみながら、雨期に入ったアラカン山系の密林の中を
退却中に力尽きた 将兵の死体が 退路を埋めた。
惨状は、生き残った兵士によって、次のように描かれている。
遺棄された死体が横たわり、手榴弾で自決した負傷兵の
屍があり、その数が だんだん増えてきた。
石ころの 難路を越え、湿地にかかると、動けぬ重症の
兵たちが三々五々屯していた。水をくれ、連れていって
くれと 泣き叫び、脚にしがみついて 放れないのだ。
髪はのび放題のび、よくもこんなにやせたものだと
思うほど、骨に皮をかけただけの、あわれな姿だ。
息はついているが、さながら 幽霊だった。
(中略)
途中、潅木の中にひそんだ盗賊にやられた兵が、
腹部を至近弾でやられ、雑嚢が散乱している姿を見た。
戦争は生きることの全貌を一変させるものだ。
生きるためには、味方さえ 殺しあうのだ。
われわれも、恥もなく 屍についた雑嚢を探したのだが
食い物はなにひとつはいっていなかった。 おぞましい
非人の仕業もあきらめ、歩いては休み、休んでは歩き、
体内に残る生命の焔をかきたて、生きようとする苦行だけは
つづけた。 (志摩辰郎「地獄街道の戦い」より引用)
日本兵は、餓死寸前の状態で、インパールからの退却を続けた。
まさに 地獄であり、どこにも 美しい「散華」は存在しない。
このような 退却の様相は、ほかの将兵によっても語られている。
これは メッセージ 29029 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.