大量餓死で「英霊」を増産した日本軍(11)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2013/01/01 17:07 投稿番号: [29028 / 29399]
補給無視の無謀な作戦で
大量の餓死者を出した
例として
ガダルカナル戦と
ソロモン群島の戦闘状況を
前述したが、
これらは、「英霊」
大量増産の
ごく
一例
にすぎない。
太平洋の
全戦域にわたって、餓死・病死が
多数発生した。
これは、日本軍の
近代軍にあるまじき欠陥に要因があった
無謀な侵攻作戦の例は、ガ島やソロモン群島の他にも数多い。
たとえば、42年の
ポートモレスビー攻略戦。
道なきジャングルを
踏破して、標高4千mの
山脈を越え、
ニューギニア東南岸を攻略するという無謀きわまりない作戦で
結果、日本軍は惨敗・退却したが、敗残兵の多くは補給もなく
餓死者を
大量に発生させて
全滅に近い状態
となった。
このときの様子を、歩兵第百四十四聯隊の小岩井第二大隊長が
次のように述べている。
食糧の欠乏は、敵弾以上の徹底的損害を
我が軍に与える
ようになって来た。私の大隊の将兵もみんな飢餓で体力を
消耗しきってしまい、頬は落ち
髪は伸び放題となり、
眼球は深く
凹んで
底に異様な光が残った。
そして顎はとび出し、首は一握りほどに細り、気力なく
足を引きずってよぼよぼと歩き、着ているものは破れ、
跣足で棒のように痩せた腕に飯盒をぶら下げ、草を摘み
水を汲んで歩く姿にはどこにも二、三十才の年齢は見られず
老いさらばえた乞食といった様子だった。
栄養失調の衰弱した体に
一たび下痢が始まりマラリアが
頭を擡げると、血便をくだし、四十度前後の高熱に襲われ
キニーネ等の微温的な投薬では解熱どころか却って下痢を
悪化し、発病までは一粒の米でも貪り食った者が、今度は
戦友の心尽くしの一滴の粥すら
欲しないようになり、水
ばかり飲んで喘いでいるのだった。
(中略)
患者はたいてい一週間も発熱を続けると
脳症を起こして
うわ言をいい始め、嘘のように脆く、ちょうど晩秋の落葉
のように飽気なく死んで行った。
三十才にもなろうかという男が
無意識に
母親の名を
呼び続けて
死んで行くこともあった。
(中略)
この作戦の終ったあとで戦歿者の統計を調べると
三割が
敵の弾による戦死、残る七割は病死だった。
戦場の実態は
このような惨状だったが、大本営はこれを「玉砕」
という
美しく華々しい戦闘死であったかのように
伝えている。
無謀な作戦に駆り出され、補給もないまま
やせ細って
死んだ
多くの犠牲者の無念、苦しみ、悲しみは
すべて覆い隠された。
これは メッセージ 29021 (wad**umi_vo**e21 さん)への返信です.
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