◆元第16師団連隊長 魂の講演録③
投稿者: momotarou_no_onitaiji 投稿日時: 2012/12/27 23:11 投稿番号: [28914 / 29399]
反日赤旗記者の捏造本
「隠された連隊史」という本を、共産党「赤旗」の下里正樹という記者が書いております。
これには私の属しました福知山歩兵第20連隊のことが書かれています。
大体、共産党の機関紙の記者が書いたものですから、内容は読まずとも知れたものですが、私の連隊のことを書いているものですから読んでみますと、よくもまぁこれだけ大ウソを書けたものだと思うくらいのものです。
イ、「歩兵第20連隊では兵士が上官の指揮を批判し、命令に反抗し、将校はひたすら兵に迎合して兵の非行も黙認し、部隊内には下克上の空気蔓延し、将校の権威も指導力も全く零であった」
私は第20連隊の中隊長として、兵士の機嫌を取らねばならない等と、思った事さえ1度もありません。
常に部下の兵士と共に、お互いが信頼しあって戦ってきたのです。
その結果もう半世紀も経った今もなお、当時の戦友会が毎年開かれているのです。
来月の7日にも、私の中隊の戦友会が京都府の綾部で行われますが、例年のごとく、「隊長殿、是非出席して下さい」と招待されております。
将校が兵士の機嫌を取らねばならなかった軍隊で、そんなことが続けられるのでしょうか?
また私が十数年前に大病で下関で入院したことがありますが、当時の部下の多くは京都府に住んでいるのですが誰かれ言うとも無く、
「隊長殿がひどい病気だ」
ということで、知らぬ間に多額の見舞い金を送ってくれました。
私はベッドで感激の涙にむせんだ事でした。
将校と下士官・兵の心が離れていたならば、こんなことはあり得ないと思います。
これは私の場合だけではなく、中隊長と中隊の兵士の気持ちがしっかりと結ばれていなければ、激戦を戦い抜くということは出来ないのです。
ロ、「日露戦争の際、歩兵第28連隊(北海道旭川)の兵2千人が捕虜になり、戦後恥ずかしくて日本には帰らず、ハワイに移住した者もある」
これもまた、ものを知らずに書いたにしてもあまりにひどいじゃないか、というものです。
1個連隊は約3千人ですが、そのうち2千人が捕虜になったなどということはあり得ないことです。
私に言わせれば、下里正樹は「私はウソを書いております」と、自分で白状しているようなものであります。
「天に向かってツバをする」とはこの事でしょう。
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