南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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Re: 復讐でなければ鬱憤晴らしにならぬ

投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/06/11 13:01 投稿番号: [27663 / 29399]
1940年、徴兵検査に甲種合格。1941年3月に岡山連隊に入営(陸軍二等兵)し、後に九江の工兵隊へ転属。1943年1月、独立工兵第36連隊に配属され、4月に当時激戦地だったイギリス領東ニューギニアに派遣される。部隊は敗走を重ねながら飢えとマラリアに苦しみ、千数百名のうち生き残ったのはわずか30数名だった。奥崎は敗走の前からたびたび上官に暴行を働いて食料を奪っていたが、そのことが知れると上官の恥になるため露見しなかったという。また、奥崎は、この敗走の過程で右手と右足に敵の銃弾を受けた結果、右手の小指を失っている。最終階級は上等兵。1944年7月、「米兵よ、自分を撃て」の意で"GI, Come gun!"と叫び、投降。豪州軍の捕虜となる。1946年3月に復員。引揚船内で復員者の食料を横領しようとした船長に執拗な暴行を加え、腹部をハサミで刺した。しかし、被害者であるはずの船長が横領事件の発覚を恐れ、奥崎に「事件を内聞で済ましてもらいたい」と申し出たため、このときも刑罰を受けることはなかった。

1947年3月、三木市の共和製作所に就職。同年5月に製作所の寮母と結婚。1951年、神戸市兵庫区にサン電池工業所を開業し、バッテリー商を営む。1956年、店舗の賃貸借をめぐる金銭トラブルから不動産業者を刺殺し、傷害致死罪で懲役10年の刑に服する。
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