南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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何ら根拠のない『植民地解放戦争』論(2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/10/24 00:21 投稿番号: [26322 / 29399]
日本帝国が   太平洋戦争に突入する   直前の時期だけに   限っても、
1931年から   41年までの   10年間には、ニュージーランド、
カナダ、オーストラリア、南アフリカなどが   完全独立を   実現し、
フィリピンも   自由連合州となり、独立を確定的なものとしていた。
さらに、中東のレバノンなども   独立を宣言するに   至っていた。

当時の   日本帝国に、本当に   植民地解放の志向が   あったのなら、
戦争を起こすよりも以前に、この脱植民地化の進展に歩調を合わせ
国際社会に対し、真剣に   植民地解放・独立を   訴えていたはずだ。
そして、誰よりも   率先して   自らの植民地支配を解消すると共に、
諸民族の主権を尊重し、他国への軍事的干渉を   厳に慎んだはずだ。

しかし、実際に日本帝国が取り続けた政策は、植民地の独立運動を
武力で弾圧することや、海外への派兵継続、特に   近隣国に対する
兵力増派による   軍事的圧力の強化という   露骨な主権侵害だった。
たとえば   日中戦争の発端となった盧溝橋事件は、日本領内ではなく
また、日中の国境地帯でもなく、中国の心臓部・北京近郊で起きた。

事件勃発の   前年に、日本帝国は   支那駐屯軍を、1800人から
5800人へと   大幅に増強し、中国政府からの強い抗議を無視して
増強部隊を   首都・北京の近郊にある豊台に   駐屯させていた。
一国の首都の近郊に、他国の大軍が   強引に   居座っている状況は、
まさに   露骨な武力挑発、無法な主権侵害以外の   何ものでもない。

当時の   陸軍参謀本部第一部長であった石原莞爾も   証言している。
「豊台に兵を置くことになりましたが、之が遂に本事変の直接動機に
なつたと思ひます」   (「石原莞爾中将回想応答録」参謀本部作成)
根本的な問題は、どちらが先に発砲したか   などということでない。
戦争に至る原因を作った側が、「自衛」を口実にするのは見苦しい。

日本は   他国への派兵・武力行使の一方で、植民地支配を強化した。
諸民族の「解放」や「主権回復」を   国家的願望としていたのなら、
帝国政府は   自ら支配する民族の   主権回復・独立を切望する声に、
真摯に応えていたはずだ。   しかし、長年にわたる朝鮮独立運動は、
度重なる武力弾圧で   多数の死傷者や   投獄者を出す事態となった。

朝鮮での独立運動の様子は、情報統制により   日本国民には正確に
伝えられなかった。   が、それでも   少数ながら   日本の国内にも
朝鮮民族の運動に   共感を寄せ、支持を表明した人々が   存在した。
そうした者の多くは迫害の対象となった。   「朝鮮独立支持」などと
主張するには、特高に逮捕されることを   覚悟せねばならなかった。

たとえば   朝鮮で、多くの独立運動家の弁護活動を無償で引き受け、
「日本のシンドラー」   とも呼ばれている布施辰治も、1911年
「朝鮮独立運動に敬意を表す」という一文だけで検察の取り調べを
受けている。   民藝運動で有名な   柳宗悦なども、総督府の弾圧を
批判し、朝鮮独立を支持したため、特高に監視されていたという。
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