Re: 中曽根の慰安所って?
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2011/06/30 07:50 投稿番号: [25852 / 29399]
本土とは切り離されていた沖縄では那覇だけでも四〜六千人と言われた娼婦をどうするのかが四七年二月に軍政部内で議論されている。沖縄の米軍の性病罹患率は四八年末までは二桁と低い水準で抑えられており、かつ沖縄内での感染はそのうちの約半数と報告されていた(四七年一月の数字)。軍政部の公安局、公衆衛生局、法務局らの代表が集まって議論したが、そのなかで公認売春宿も有効であると言えるが、陸軍省の政策に反するので採用することはできないと判断し、具体的には、売春のための前借金の禁止、米軍人への売春禁止、性病に罹った者の届出と治療の義務化、逮捕した娼婦の性病検査と治療、などの施策とともに、米兵に対してレクリエーションや趣味の施設を提供すること、売春をなくすことはできないし若い男を性から遠ざけることはできないのでコンドームを簡単に手に入るように公然と展示し予防所をあらゆる軍事施設に設置する、性病予防とその危険性についての教育をおこなう、などの方針を決めた。米軍人への売春のみを禁止するという措置は、沖縄社会では売春は認められてきたのでそれを一方的に否定できないからと説明されている。この会議の決定に基づいて、三月一日付で占領軍への娼業禁止、花柳病取締り、婦女子の性的奴隷制廃止の軍政特別布告が出された。このように表向きは陸軍省の政策に従わざるを得なかったが、買春はやむをえないものと認めて予防措置の徹底と性病感染した娼婦の取締りに重点がおかれた。娼婦と疑われた女性の逮捕、強制検診・治療は本土と同様におこなわれた。なおこの時期、沖縄はワシントンからも極東米軍からも見捨てられた状態で軍紀は乱れていた。売春を取り締まる警察を武装した米兵が襲撃したり、米軍内の女性が米兵に襲われるので外出時には武器を携帯しエスコートをつけるようにと軍が警告せざるをえないほどであった。
これは メッセージ 25846 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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