南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 資料

投稿者: shoujouji 投稿日時: 2011/02/19 00:42 投稿番号: [24577 / 29399]
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4586/224.html
2   戦後アメリカによる調査報告
戦後の極東国際軍事裁判では、731部隊と細菌戦は不問に付された。裁判は
1946年5月3日の開廷以降2年6ヶ月続いたが、細菌戦関係の事項は一度、46年
8月29日に触れられただけであった。
  トマス・M.モローは同年3月8日、国際検事局のD.N、サットンとともに
戦争犯罪の証拠を収集すべく上海に行き、8項目を調査する必要があるとした。
細菌戦と化学戦はその中の2項目だった。サットンは金宝善に面会し、日本の
細菌戦に関する前述した金宝善報告書も入手していた。モロー報告は4月16日に
完成し、同月23日には首席検事J.B.キーナンに提出された。
  8月29日にサットンは、次のように主張した。「敵の多摩部隊(「栄」1644
部隊)は市民の捕虜を医学実験室に隔離したが、そこでは毒物血清反応が試験
されていた。この部隊は極秘組織の一つであった。この部隊により虐殺された
人々の数は確認しえない」と。 しかし、1937年の南京虐殺事件に審議を集中
するため、この件は継続審議となり、その後再審議されることはなかった。また、
国際検事局は、南京1644部隊の元隊員榛葉修の供述書(20)を入手し、細菌戦
についての手がかりを得ながら、軍事裁判には提出しなかった。榛葉は1946年
4月17日に上海で、「1942年中国の栄部隊により遂行された細菌戦に関するハタバ・
オサムの供述書」に署名している。このような主張が法廷に出されなかったのは、
背後で、石井四郎たち部隊幹部とアメリカとの間で、戦犯免責の取引が進行して
いたからである。
  敗戦後ただちに、服部卓四郎(元大本営作戦課課長)、亀井貫一郎、内藤良一
などが暗躍し、1946年初めまでにはマッカーサー総司令官とウィロビーG?部長に
石井四郎ら731部隊幹部の戦犯免責を一応とりつけた。
  アメリカは1945年8月から47年11月まで4次にわたり731部隊の調査をマッカ
ーサーとウィロビーの全面的協力の下で行なった(21)。731部隊の調査は
戦後ただちに開始され、1945年8月下旬フィリピンで化学戦部隊に配属されていた
マリー・サンダースがマッカーサーの命令により、731部隊と細菌・毒ガス戦
関連の調査を開始し、サンダース・レポート(45年11月1日付)をアメリカ国防総省宛
に提出した。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)