南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京事件の背景に関する考察⑦

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2010/11/05 23:22 投稿番号: [23914 / 29399]
歩兵第六十六聯隊第一大隊の戦闘詳報の13日の記事には、
さらに   次の記述がある。

  九、右命令ニ基キ兵器ハ第一第四中隊ニ命ジ整理集積セシメ監視兵
   ヲ附ス
    午後三時三十分各中隊長ヲ集メ捕虜ノ処分ニ附意見ヲナシタル
   結果、各中隊ニ等分ニ分配シ監禁室ヨリ連連五十名宛レ出シ、
   第一中隊ハ路営地南方谷地   第三中隊ハ路営地西南方凹地
   第四中隊ハ露営地東南谷地ニ於テ   刺殺セシムルコトトセリ
   但シ監禁地ノ周囲ハ厳重ニ警戒兵ヲ配置シ連レ出ス際絶対ニ
   察知サレザル如ク注意ス

   各隊共ニ午後五時準備終リ刺殺ヲ開始シ概ネ午後七時三十分
   刺殺ヲ終リ聯隊ニ報告ス
   第一中隊ハ当初ノ予定ヲ変更シテ一気ニ監禁シ焼カントシテ
   失敗セリ捕虜ハ観念シ恐レズ軍刀ノ前ニ首ヲ差シ伸ブルモノ、
   銃剣ノ前ニ乗リ出シ   従容トシ居ルモノアリタルモ、中ニハ
   泣キ喚キ救助ヲ嘆願セルモノアリ特ニ隊長巡視ノ際ハ各所ニ
   其ノ声起レリ

武装を解除し   一旦   収容された捕虜を、ただちに殺害することは、
あきらかに   陸戦条約違反であり、人道にも   反する残虐行為だ。
ひとつの部隊だけでも、上記のような   数日にもわたる   組織的な
大量殺害が   実行されたのだから、日本軍全体での   捕虜殺害は、
いったい   どれほどの規模だったのだろうか。
想像を絶する   膨大な数であったことは   間違いないだろう。

収容した捕虜の処遇に窮して、「始末」したということのみならず、
事件を深刻化させたのは、敗残兵狩りだった。
南京大虐殺として   事件が国際的に知られるようになったのは、
市内での「敗残兵の掃蕩」と   難民区からの「便衣兵の摘出」
による集団処刑が、外国人の眼に   ふれたことによってだった。

中国軍の南京防衛軍司令官   唐生智恵は、12月12日の夕刻、
「各隊各個に包囲を突破せよ」と命じ   揚子江を渡って脱出した。
このため   中国軍は   一挙に崩壊し、脱出するもの、投降するもの、
武器を捨て   軍服を脱いで便衣(中国人の平服)に着替えて市内に
潜伏するものなど、完全に四散して   戦闘能力は消滅していた。

これに対して日本軍は、市内の「中国軍」の徹底的な「殲滅」を命じ、
14日以降も   市内の掃蕩を行なった。
この掃蕩は、皇族の朝香宮も参加する   17日の「入城式」以前に、
市内に潜む「中国兵狩り」を   目的としたものだった。

 
 
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