間違いだらけ♪
投稿者: t_ohtaguro_2 投稿日時: 2010/08/25 17:13 投稿番号: [21897 / 29399]
>「個人」と「国家」とを相対立する概念、つまり利益相反関係にあると位置づけるならば、
「主権在民」か「主権在君」かによらず、「国家」とは「自然人」の「集合体」であって、
「個体」が「複数」集まらなければ「集合体」とはなり得ないから、「相対立する概念」ではない。
>「国家」の意思決定機能を担うのは主権者たる国民という大原則が健全に機能しているかぎり、
「主権在君」のときは、上記大原則は機能しない。
>何の後ろめたさもなく多数派が少数派を一方的に駆逐するという事態が容易に起こりうるとさえ言えます。
>冷たいようですけれども、私はそれが当然と考えています。
「主権在君」の「絶対君主」が、「主権在民」の「多数派」に置き換わっているにすぎない。
「主権在君」の「絶対君主」と「他の国民」との関係に於いて、「衡平の原理」に反する場合は、「絶対君主」と「他の国民」は「対立」する。
「主権在民」の「多数派」と「少数派」との関係に於いて、「衡平の原理」に反する場合は、「多数派」と「少数派」は「対立」する。
>民主主義が多くの重大な欠陥を内包した政治システムであったとしても、現状人間の英知をもってしてはこれに代替しうる制度を見出しえない以上、われわれはあくまでも多数意見によって国家を動かしていかなければなりません。
「民主主義が」ではなく「多数決が」だろ♪
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【結論】
「民主」と書いてはいるが、その実質は「多数決」である。
「衡平の原理」により矛盾衝突を調整することにより劣後側は制限されるが、
制限される側には、権利は存在しないのであり、権利侵害は成立しないから、「犠牲」と表現するのは不適切である。
「衡平の原理」に反する制限により生じる結果こそ、「犠牲」と表現すべきものである。
「国家」の意思決定が、「衡平の原理」に適っていれば、「絶対君主」や「多数派」であっても、「犠牲」は生じない。
「国家」の意思決定が、「多数派」によるものであっても、「衡平の原理」に適っているとは限らない。
steffi_10121976 の見解は、
「衡平の原理」より「数」による「力」が優越するってことだろ♪ww
国民に不利益を強いる暴君と、少数派に不利益を強いる多数派は似ているとは思わないかね♪
これは メッセージ 21848 (steffi_10121976 さん)への返信です.
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