Re: 唐平さんへ①
投稿者: mokneybrain123 投稿日時: 2010/08/23 21:39 投稿番号: [21859 / 29399]
>私は軍国主義そのものを無条件で擁護したことはありません。
ただ、戦時下という環境においては国益保護の観点から国民の権利が一時的に大きく制限されることは当然であり、それを軍国主義と呼ぶのであれば、欧米民主主義国を含む世界中のほとんどすべての国が軍国主義になってしまうという主旨のことを申しあげております。
仮に戦前の一時期の日本が“軍国主義的”であったとしても、その歴史的評価は当時の国際情勢や周辺諸国の政治的・軍事的動向といった事実関係を客観的・総合的に検証したうえでないと公正さを欠くということです。
同意。
精神的に未熟なトー兵爺さんには理解不能だろうが、
>日本史をどのように解釈したり論じたりすることもできるが、ただ日本海を守ろうとするこの海戦において日本側がやぶれた場合の結果の想像ばかりは一種類しかないということだけはたしかであった。日本のその後もこんにちもこのようには存在しなかったであろうということである。
そのまぎれもない蓋然性は、まず満州において善戦しつつもしかし結果においては戦力を衰耗させつつある日本陸軍が、一挙に孤軍の運命におちいり、半年を経ずして全滅するであろうということである。
当然、日本国は降伏する。この当時、日本政府は日本の歴史のなかでもっとも外交能力に富んだ政府であったために、おそらく列強の均衡力学を利用してかならずしも全土がロシア領にならないにしても、最小限に考えて対馬島と艦隊基地の佐世保はロシアの租界地になり、そして北海道全土と千島列島はロシア領になるであろうということは、この当時の国際政治の慣例からみてもきわめて高い確率をもっていた。
むろん、東アジアの歴史も、その後とはちがったものになったにちがいない。満州は、すでに開戦前にロシアが事実上居すわってしまった現実がそのまま国際的に承認され、また李朝鮮もほとんどロシアの属邦になり、すくなくとも朝鮮の宗主国が中国からロシアに変わったに相違なく、さらにいえば早くからロシアが目をつけていた馬山港のほかに、元山港や釜山港も租借地になり、また仁川付近にロシア総督府が出現したであろうという想像を制御できるような材料はほとんどないのである。(司馬遼太郎『坂の上の雲』三、第六部、運命の海)
>もし日本という国がなかったら、あるいは日露戦争に敗れていたならば、世界はどうなっていたか。満州や遼東半島(大連・旅順もそこにある)はすでに帝政ロシア領になっており、次に朝鮮半島は百パーセントの可能性をもってロシア領、つまりコリアスタンみたいなものになって今日に至っていたであろう。北シナも、黄河あたりまでは北京も含めてロシア領になっていた可能性は八〇パーセント以上ある。揚子江流域はイギリスの支配権にあり、山東半島はドイツ領、広東周辺から雲南省にかけてはフランス領、福建省あたりはアメリカ領になっていたであろう。中国統一などは夢物語以前で、シナ大陸はかつてのアフリカの如く、ケーキをナイフで切りわけるように欧米列強が切りわけていたことであろう。(孫文らの革命自体が、日本が日露戦争に勝ったために現実化したのだ。)つまり今の中国首脳も、日露戦争の戦死者に感謝の意を表するために、靖國神社を訪れてもよいのだ。
シナ事変は不幸な事件であったが、あれは日本が計画的に始めたものでなく、しかけられたものであった。これは日本を裁くための東京裁判ですらも、 「開戦責任」を日本に求めることができなかったことからも明らかである。だから小泉首相は盧溝橋へいって謝罪すべきでなく、謝罪を受けるべきだったのであ る。その後拡大した戦争については、遺憾の意を表すればよい。
盧溝橋での現地停戦協定が成立した約二週間後に、通州で日本人が二百人ほど虐殺されている。 そこにも首相は行って、花でも捧げるべきだったのだ。アメリカだって、日本にいるアメリカ人の軍民が二百人も殺されたら、すぐ軍隊を送ってくるに違いない のだ。満州事変のことを持ち出されたら、満州はチベットやウィグルと同様、シナ民族の地でないことを指摘すればよい。こっちがそれだけの姿勢と知識がある と知れば、北京政府だって靖國神社のような国内問題、しかも宗教問題に口を出すことはないであろう。
彼らがゆさぶりをかけるのは、こっちの要人が無知だか らである。国のために戦死した方の霊を弔うことを、天皇や首相が公式にできない日本にすることは、中国にとっては、自国が五十個師団ぐらい増兵した以上の 軍事効果があるということなのである。今後の日本が「ゆすり」みたいなことをされないためには、『源泉に立ち戻る』ことが肝腎・要である。
(渡部 昇一「『源泉に立ち戻れ』ということ 」平成14年8月25日 戦友連403号より)
ただ、戦時下という環境においては国益保護の観点から国民の権利が一時的に大きく制限されることは当然であり、それを軍国主義と呼ぶのであれば、欧米民主主義国を含む世界中のほとんどすべての国が軍国主義になってしまうという主旨のことを申しあげております。
仮に戦前の一時期の日本が“軍国主義的”であったとしても、その歴史的評価は当時の国際情勢や周辺諸国の政治的・軍事的動向といった事実関係を客観的・総合的に検証したうえでないと公正さを欠くということです。
同意。
精神的に未熟なトー兵爺さんには理解不能だろうが、
>日本史をどのように解釈したり論じたりすることもできるが、ただ日本海を守ろうとするこの海戦において日本側がやぶれた場合の結果の想像ばかりは一種類しかないということだけはたしかであった。日本のその後もこんにちもこのようには存在しなかったであろうということである。
そのまぎれもない蓋然性は、まず満州において善戦しつつもしかし結果においては戦力を衰耗させつつある日本陸軍が、一挙に孤軍の運命におちいり、半年を経ずして全滅するであろうということである。
当然、日本国は降伏する。この当時、日本政府は日本の歴史のなかでもっとも外交能力に富んだ政府であったために、おそらく列強の均衡力学を利用してかならずしも全土がロシア領にならないにしても、最小限に考えて対馬島と艦隊基地の佐世保はロシアの租界地になり、そして北海道全土と千島列島はロシア領になるであろうということは、この当時の国際政治の慣例からみてもきわめて高い確率をもっていた。
むろん、東アジアの歴史も、その後とはちがったものになったにちがいない。満州は、すでに開戦前にロシアが事実上居すわってしまった現実がそのまま国際的に承認され、また李朝鮮もほとんどロシアの属邦になり、すくなくとも朝鮮の宗主国が中国からロシアに変わったに相違なく、さらにいえば早くからロシアが目をつけていた馬山港のほかに、元山港や釜山港も租借地になり、また仁川付近にロシア総督府が出現したであろうという想像を制御できるような材料はほとんどないのである。(司馬遼太郎『坂の上の雲』三、第六部、運命の海)
>もし日本という国がなかったら、あるいは日露戦争に敗れていたならば、世界はどうなっていたか。満州や遼東半島(大連・旅順もそこにある)はすでに帝政ロシア領になっており、次に朝鮮半島は百パーセントの可能性をもってロシア領、つまりコリアスタンみたいなものになって今日に至っていたであろう。北シナも、黄河あたりまでは北京も含めてロシア領になっていた可能性は八〇パーセント以上ある。揚子江流域はイギリスの支配権にあり、山東半島はドイツ領、広東周辺から雲南省にかけてはフランス領、福建省あたりはアメリカ領になっていたであろう。中国統一などは夢物語以前で、シナ大陸はかつてのアフリカの如く、ケーキをナイフで切りわけるように欧米列強が切りわけていたことであろう。(孫文らの革命自体が、日本が日露戦争に勝ったために現実化したのだ。)つまり今の中国首脳も、日露戦争の戦死者に感謝の意を表するために、靖國神社を訪れてもよいのだ。
シナ事変は不幸な事件であったが、あれは日本が計画的に始めたものでなく、しかけられたものであった。これは日本を裁くための東京裁判ですらも、 「開戦責任」を日本に求めることができなかったことからも明らかである。だから小泉首相は盧溝橋へいって謝罪すべきでなく、謝罪を受けるべきだったのであ る。その後拡大した戦争については、遺憾の意を表すればよい。
盧溝橋での現地停戦協定が成立した約二週間後に、通州で日本人が二百人ほど虐殺されている。 そこにも首相は行って、花でも捧げるべきだったのだ。アメリカだって、日本にいるアメリカ人の軍民が二百人も殺されたら、すぐ軍隊を送ってくるに違いない のだ。満州事変のことを持ち出されたら、満州はチベットやウィグルと同様、シナ民族の地でないことを指摘すればよい。こっちがそれだけの姿勢と知識がある と知れば、北京政府だって靖國神社のような国内問題、しかも宗教問題に口を出すことはないであろう。
彼らがゆさぶりをかけるのは、こっちの要人が無知だか らである。国のために戦死した方の霊を弔うことを、天皇や首相が公式にできない日本にすることは、中国にとっては、自国が五十個師団ぐらい増兵した以上の 軍事効果があるということなのである。今後の日本が「ゆすり」みたいなことをされないためには、『源泉に立ち戻る』ことが肝腎・要である。
(渡部 昇一「『源泉に立ち戻れ』ということ 」平成14年8月25日 戦友連403号より)
これは メッセージ 21850 (steffi_10121976 さん)への返信です.