迎合は「奸友」・「日中友好」を解体せよ2
投稿者: kin_wen_xue 投稿日時: 2008/01/04 07:49 投稿番号: [19928 / 29399]
金文学著『中国人による中国人大批判』−日本は謝罪してはならない−
祥伝社黄金文庫
286〜288p
教科書は自国の教育の重要な自主権の問題なのに、抗議があったといって、それに迎合すること自体がわたしはかえって無責任ではないかと思います。
一九八六年にも中、韓からの反発に対し、数回も外務省の指導で高校歴史教科書の修正が行なわれました。
一九九八年には、韓国、中国の抗議に迎合して、中学教科書すべてに「従軍慰安婦」関連記述が載せられました。
二〇〇〇年九月、二〇〇一年二月にも、激しい歴史教科書糾弾キャンペーンを中国、韓国が行なったことは記憶に新しいところでしょう。
日本国内で、一部の識者たちがあまりにも理不尽な中国、韓国の内政干渉に反発したことを、中国では右翼反動の惹起(じゃっき)として捉え、糾弾していました。
しかし中国では、歴史の被害者という弱者の座に安住し、「内政干渉」であることさえ無感覚でした。
公正に言って、これはすでに立派な「日中友好条約」の違反です。
「内政に対する相互不干渉」を決めた第一条一項と三条の内容を自ら破棄した行為です。教科書を含めた教育内容、方針はあくまでも自国の内政であって、外国に干渉される 謂(いわ) れはありません。
韓国の教科書に実際日本よりもひどい自画自賛や、当局の政治を正当化する歪曲や虚言が多いことを知りながらも、日本政府があえて教科書を修正せよと無理な内政干渉をしないのは、日本が民主主義国家であるからです。
「日中友好」は、もはや一種の日中友好自体を呪縛する呪文になった気がします。
このような呪文がまかり通ることで、本来の日中の違いを無視し、この無視はまた大きな誤解、歪曲を量産して、この悪循環を繰り返すのです。
中国側を見れば、中国人は日本と中国の政治体制の違いを無視するか、あるいは誤解しているようです。
多くの中国人は、日本も中国のようにすべてを国家が統治する専制政治であるかのように錯覚している人が多いです。
だから、日本の一部の識者の間で「新しい教科書」を作ったり、「南京大虐殺」を否定したりすることを、すべて政府の意思でやらせたというふうに理解する人が、中国では実に多いのです。
市民文化、民主主義の経験のない中国人にとって、中国のように日本も政府主導で統一した教科書を編纂、指定し、意図的に「侵略」を否定したと誤解しています。
市民文化や民主主義がアジアで最も成熟した日本では、教科書は中国と違って民間で出版し、文部科学省では基準によって「検定」するのみで、政府が干渉するものではないということはまったく知らされていません。
わたしの考えでは、中国が比較的民主化が進み、西欧式の市民文化を経験しない限り、日本への誤解に発するクレームは、この先も、いつ爆発しても不思議はないと思います。成熟した民主主義や市民文化を達成するのが中国の急務でもあります。
民主主義の優れたところは、互いに批判する文化が定着していることといえるでしょう。
言論の自由、表現の自由のもとで、自ら批判反省するだけでなく、相手からも批判されることを許すということです。中国では他人を批判することはあっても、他人から批判されることは絶対許しません。
中国人が、日本人から少々反対意見を言われたりすると、すぐ激しく感情的に反発するのは、民主主義の欠如とともに、弱者の心性があるからです
つづく
祥伝社黄金文庫
286〜288p
教科書は自国の教育の重要な自主権の問題なのに、抗議があったといって、それに迎合すること自体がわたしはかえって無責任ではないかと思います。
一九八六年にも中、韓からの反発に対し、数回も外務省の指導で高校歴史教科書の修正が行なわれました。
一九九八年には、韓国、中国の抗議に迎合して、中学教科書すべてに「従軍慰安婦」関連記述が載せられました。
二〇〇〇年九月、二〇〇一年二月にも、激しい歴史教科書糾弾キャンペーンを中国、韓国が行なったことは記憶に新しいところでしょう。
日本国内で、一部の識者たちがあまりにも理不尽な中国、韓国の内政干渉に反発したことを、中国では右翼反動の惹起(じゃっき)として捉え、糾弾していました。
しかし中国では、歴史の被害者という弱者の座に安住し、「内政干渉」であることさえ無感覚でした。
公正に言って、これはすでに立派な「日中友好条約」の違反です。
「内政に対する相互不干渉」を決めた第一条一項と三条の内容を自ら破棄した行為です。教科書を含めた教育内容、方針はあくまでも自国の内政であって、外国に干渉される 謂(いわ) れはありません。
韓国の教科書に実際日本よりもひどい自画自賛や、当局の政治を正当化する歪曲や虚言が多いことを知りながらも、日本政府があえて教科書を修正せよと無理な内政干渉をしないのは、日本が民主主義国家であるからです。
「日中友好」は、もはや一種の日中友好自体を呪縛する呪文になった気がします。
このような呪文がまかり通ることで、本来の日中の違いを無視し、この無視はまた大きな誤解、歪曲を量産して、この悪循環を繰り返すのです。
中国側を見れば、中国人は日本と中国の政治体制の違いを無視するか、あるいは誤解しているようです。
多くの中国人は、日本も中国のようにすべてを国家が統治する専制政治であるかのように錯覚している人が多いです。
だから、日本の一部の識者の間で「新しい教科書」を作ったり、「南京大虐殺」を否定したりすることを、すべて政府の意思でやらせたというふうに理解する人が、中国では実に多いのです。
市民文化、民主主義の経験のない中国人にとって、中国のように日本も政府主導で統一した教科書を編纂、指定し、意図的に「侵略」を否定したと誤解しています。
市民文化や民主主義がアジアで最も成熟した日本では、教科書は中国と違って民間で出版し、文部科学省では基準によって「検定」するのみで、政府が干渉するものではないということはまったく知らされていません。
わたしの考えでは、中国が比較的民主化が進み、西欧式の市民文化を経験しない限り、日本への誤解に発するクレームは、この先も、いつ爆発しても不思議はないと思います。成熟した民主主義や市民文化を達成するのが中国の急務でもあります。
民主主義の優れたところは、互いに批判する文化が定着していることといえるでしょう。
言論の自由、表現の自由のもとで、自ら批判反省するだけでなく、相手からも批判されることを許すということです。中国では他人を批判することはあっても、他人から批判されることは絶対許しません。
中国人が、日本人から少々反対意見を言われたりすると、すぐ激しく感情的に反発するのは、民主主義の欠如とともに、弱者の心性があるからです
つづく
これは メッセージ 19927 (kin_wen_xue さん)への返信です.