南京攻防戦の責任は中国にある2
投稿者: kin_wen_xue 投稿日時: 2007/12/12 10:44 投稿番号: [19761 / 29399]
金文学著『中国人による中国人大批判』 −日本は謝罪してはならない−
祥伝社黄金文庫 72〜74p
十二日までに両軍は激戦を展開し、日本軍も七二〇〇人の死傷者を出しました。
しかしあれほど南京を防衛すると豪語した唐生智は、十二日夜、いち早く逃亡してしまい、
中国軍はまったく無秩序の状態に陥り、包囲された南京城から逃亡する道は北のユウ江門しかなかったので、中国将兵たちが蜂の群れのように押しかけました。
ところが唐生智はすでに中国軍兵士が逃げ出さないよう命令していたため、中国軍三六師団は門を塞(ふさ)いでしまい、城壁の上から逃走兵を狙撃したので、中国人同士の内戦になりました。
揚子江まで逃げ出した兵士のほとんどは凍死しました。そのため揚子江付近に死体がたくさんあったわけです。
そこで城内の敗戦兵は、軍服・軍靴を脱いで鉄砲を隠し、一般市民になりすまして「安全区」へ逃げ込みました。
脱いだ軍服の数から判断して、五、六〇〇〇人が「安全区」へ遁入したと思われます。
こうした兵を便衣兵と呼びますが、これらがゲリラ化し、すでにこの前の上海戦役で、市民や学生に見せかけた大量の便衣兵に日本兵が殺傷された経験があったため、日本軍は非常に警戒しました。
そのため南京攻略後、「安全区」内でいくつかの検査による便衣兵の摘発を行ない、これを射殺しました。
国際法では軍服を着用しないゲリラの戦闘行為は認められておらず、これを射殺することは国際法の上では正当な行為とされていました。
ただし中には一部の一般市民も含まれていたようです。
日本側の記録によれば、十二月十四日二五〇人、十六日一二〇〇人を摘発して射殺しています。そして三回目の二十四日には約二〇〇〇人を摘発し、捕虜収容所に収監しました。
また十二月十四日は、幕府山の砲台を占領した日本軍の前に、大量の国民軍兵士が投降し、日本側の記録や目撃談によれば、一万四〇〇〇人あるいは八〇〇〇人とされます。この中には一般難民も加わり、女性も少数含まれていました。
しかし日本軍は当時、このような大量の捕虜に与える食糧がないという理由から、揚子江沿いに連れていって殺してしまいます。これは、日本軍の行なった大量虐殺と見做(みな) して間違いないと思います。
しかし、南京攻防戦における全死傷者数を記録で確認するかぎり、「三〇万人」というのは、どこにも根拠がありません。
本当に南京で大虐殺があったとすれば、責任はまず中国軍に問うべきです。その直接の契機と原因を提供したのは、中国国民軍の無意味な「愛国心」と無責任な逃走にあるからです。
いざとなると、臆病で卑怯なのは中国軍の体質だと、中国の知識人たちもつねに指摘してきたとおりです。
つづく
祥伝社黄金文庫 72〜74p
十二日までに両軍は激戦を展開し、日本軍も七二〇〇人の死傷者を出しました。
しかしあれほど南京を防衛すると豪語した唐生智は、十二日夜、いち早く逃亡してしまい、
中国軍はまったく無秩序の状態に陥り、包囲された南京城から逃亡する道は北のユウ江門しかなかったので、中国将兵たちが蜂の群れのように押しかけました。
ところが唐生智はすでに中国軍兵士が逃げ出さないよう命令していたため、中国軍三六師団は門を塞(ふさ)いでしまい、城壁の上から逃走兵を狙撃したので、中国人同士の内戦になりました。
揚子江まで逃げ出した兵士のほとんどは凍死しました。そのため揚子江付近に死体がたくさんあったわけです。
そこで城内の敗戦兵は、軍服・軍靴を脱いで鉄砲を隠し、一般市民になりすまして「安全区」へ逃げ込みました。
脱いだ軍服の数から判断して、五、六〇〇〇人が「安全区」へ遁入したと思われます。
こうした兵を便衣兵と呼びますが、これらがゲリラ化し、すでにこの前の上海戦役で、市民や学生に見せかけた大量の便衣兵に日本兵が殺傷された経験があったため、日本軍は非常に警戒しました。
そのため南京攻略後、「安全区」内でいくつかの検査による便衣兵の摘発を行ない、これを射殺しました。
国際法では軍服を着用しないゲリラの戦闘行為は認められておらず、これを射殺することは国際法の上では正当な行為とされていました。
ただし中には一部の一般市民も含まれていたようです。
日本側の記録によれば、十二月十四日二五〇人、十六日一二〇〇人を摘発して射殺しています。そして三回目の二十四日には約二〇〇〇人を摘発し、捕虜収容所に収監しました。
また十二月十四日は、幕府山の砲台を占領した日本軍の前に、大量の国民軍兵士が投降し、日本側の記録や目撃談によれば、一万四〇〇〇人あるいは八〇〇〇人とされます。この中には一般難民も加わり、女性も少数含まれていました。
しかし日本軍は当時、このような大量の捕虜に与える食糧がないという理由から、揚子江沿いに連れていって殺してしまいます。これは、日本軍の行なった大量虐殺と見做(みな) して間違いないと思います。
しかし、南京攻防戦における全死傷者数を記録で確認するかぎり、「三〇万人」というのは、どこにも根拠がありません。
本当に南京で大虐殺があったとすれば、責任はまず中国軍に問うべきです。その直接の契機と原因を提供したのは、中国国民軍の無意味な「愛国心」と無責任な逃走にあるからです。
いざとなると、臆病で卑怯なのは中国軍の体質だと、中国の知識人たちもつねに指摘してきたとおりです。
つづく
これは メッセージ 19760 (kin_wen_xue さん)への返信です.