南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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ソ連の対日 宣戦布告 なんだな(笑)2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/08/09 07:05 投稿番号: [18864 / 29399]
[編集] 日ソ交渉
日本は当時、ソ連を仲介者する連合国との和平工作を行っていた。鈴木内閣は発足してから戦争を終結に導くため首脳部の懇談会を持ち、「国体保持」「国土保衛」に戦争目的とした。

しかし連合国は「無条件降伏」を主張してくるため、これを受諾することはできず、外交においては和平工作を推進し、軍事面では外交交渉を少しでも有利に進めるために、最低限国体保持を包括する和平へ導くため戦争を継続することが決定された。

この政策は木戸内府が試案を起草し、試案において現在の日本の状況が危機的であり、和平の外交交渉が早急に必要であると論じた。

そして当時中立条約を締結していたソ連を介し、米英と最低限の条件で名誉ある講和を実現し、海外の部隊は撤退、軍事力も国防に必要な最低限に縮小することが述べられている。

この試案は1945年6月9日に天皇及び首相、陸海軍などと協議し、実行に移すことが決まった。 ただしこの政策には当初から反対もあった。

東郷外相はソ連の対日政策はすでに挑戦的なものへと移行しており、実現する可能性は低いとして対ソ和平交渉政策に同意していない。しかし鈴木首相は、可能性を模索する意味で対ソ交渉政策を進めていた。


[編集] 戦闘状況
詳細はソ連対日参戦を参照

日本の対米開戦当時、日本とソ連の間には既に日ソ中立条約が締結されていた。その後1945年2月に、ソ連共産党の独裁者であるヨシフ・スターリンはヤルタ会談において対日参戦要請を要求(ヤルタ協定)。

1945年4月5日、ソ連は日本に対し、条約の延長を行わないことを通達した。延長を行わない場合でも、日ソ中立条約上1946年まで中立規定が有効であるがこれを一方的に無視し、8月9日以降満州国や日本領樺太にソ連軍が軍事侵攻した 当時関東軍は南方へ兵力の過半数を引き抜かれていたが満州居留邦人15万名、在郷軍人25万名を根こそぎ動員、さらに中国戦線から4個歩兵師団を戻してなんとか74万人の兵員を調達した。

さらに以前関東軍特殊演習により本土から輸送させた戦車200輌、航空機200機、火砲1000門も健在であった。しかし兵員の半数以上は訓練不足、日ソ中立条約違反を想定していなかった関東軍首脳部の混乱、物質不足(砲弾は約1200発ほどで、航空部隊のほとんどが戦闘未経験者。また小銃が行き渡らない兵士だけでも10万名以上)のため事実上の戦力は30万名程度だったといわれている。

それに比べてソ連軍は戦車(自走砲を含む)5000輌、航空機5000機、火砲2万4000門、174万人以上の兵員で満州国に侵攻し関東軍の陣地、要塞を次々と占領した。
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