ソ連の対日 宣戦布告 なんだな(笑 3
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/08/09 07:06 投稿番号: [18865 / 29399]
関東軍は先ず元来指定していた防衛作戦に則り随時後退しながらの戦闘を決定する。最初は砲弾、燃料の不足による焦りもあり戦車部隊と軽装備(小銃や手榴弾など)による突撃を敢行して本土からの増援部隊の到着まで時間を稼ごうとした
(しかし大本営、陸海軍首脳は満州国の放棄を決定したため援軍が派遣される見込みはなかった)。また、装甲の薄い日本軍戦車(九八式軽戦車、九五式軽戦車等の軽戦車しか残っていなかった)は次々とソ連軍戦車部隊、火砲に撃破され、歩兵部隊も重機関銃などの猛射により全滅する結果となった。続いて関東軍は地雷や爆薬を手に戦車に突撃し破壊する作戦にでたがソ連軍戦車隊の守りは堅く、戦車砲や機銃に掃討された。また、事前に航空部隊に発見され多くが突撃する前に攻撃され敵に損害を与えることができず状況を打開することができなかった。
関東軍の航空部隊もその殆どが南方と本土の防衛に引き抜かれていたため、戦力に勝るソ連軍航空部隊の前に壊滅した。最終手段として特攻も試みたがソ連軍航空部隊に迎撃され失敗した。
一部の部隊では避難民撤退の為にソ連軍に抵抗し全滅した部隊も存在、関東軍は随時中国及び満州南部、朝鮮へと避難民を退去させた。
またソ連軍の侵攻は日本人居住民にとっては恐怖以外の何者でもなかった。しかし傀儡国家満州国の元で日本人の抑圧に喘いでいた中国人や朝鮮人などにとっては『解放』であったため彼等の支持を受けた。最終的には満州国軍からもソ連側への離反が相次ぎ日本側防衛線は完全に崩壊し、満州国から朝鮮北部までソ連軍が制圧した。
関東軍はゲリラ戦に戦法を変更し、兵力を朝鮮南部一帯に集中させて本土からの増援部隊を待ったが玉音放送を迎え、大本営から戦闘停止命令を受け、戦闘行動を中止しソ連軍に降伏した。
ただし、一部地域においては、劣悪な通信事情や激しい戦闘状況もあって、8月後半まで戦闘が続けられた。
北海道北部までの獲得をもくろんだスターリンの命令により、ソ連軍は終戦後も8月末まで侵攻を続け樺太を占領した。8月18日以降新たに千島列島でも戦闘が開始され、アメリカ政府からの抗議を受けながらも降伏文書調印後の9月4日まで 侵攻を止めなかった。
この結果、ソ連は最終目標である北海道こそ占領できなかったが、スターリンの念願であった千島列島と南樺太および歯舞諸島、色丹島の占領に至った。
どこまでも
情報に疎い日本政府であった
その陰で
悲惨な目に遭わされるのは日本国民なのでした。
愚かな戦争であったと証明してますね。
日本政府は日本国民の命と財産など
保全してはくれない国家なのでしょうか?
であるならば、、詐欺
ペテン
国家としか言いようがないね。後進国の行政では
あかんぜ(笑)
これは メッセージ 18864 (yominokuni56 さん)への返信です.
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