南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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南京事件の実相①

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2007/08/04 18:37 投稿番号: [18673 / 29399]
第一次世界大戦後、侵略戦争を犯罪行為とし、
法によって戦争を防止していこうとするおおきな潮流が
国際社会の中に生まれ、発展しつつあった。
日本軍が   対中国戦争を「戦争」と呼ばずに「事変」と称し続けたのは、
そうした世界の潮流が   厳然として存在していたことを意味している。

「北支事変」と呼称した華北での武力行使から、上海、蘇州など
各地の主要都市に戦火が拡大し、全面戦争となっても
なお皇軍は「日華事変・日支事変」と公称し続けた。
国際不戦条約が禁じた侵略行為が   世界から断罪されることを
いかに意識していたかが判る。

以前に放送されたNHK特番では、宣戦布告もないまま大軍を派兵した皇軍が、
日中戦争の泥沼に突き進んでいく様子と、その結果もたらされた悲惨な実情が
多くの史料や日中両軍兵士の生存者の証言などで浮き彫りにされていた。

日本軍部は、一撃を加えれば中国軍は容易に屈服すると考えていたが、
蒋介石が率いる中国軍の不屈の抵抗は、その予想を完全に裏切るものとなった。
八路軍と国民党軍とが連帯して祖国防衛に起ち上がり、
統一戦線で徹底抗戦の姿勢を固めた。
さらに中国軍を側面から支えたもののひとつは、国際世論でもあった。
現在の常識から考えても、また、当時の国際社会の常識をもってしても、
もはや日本軍が振りかざす大義名分は通用せず、「正義」は中国人民側にあった。

日本も、日本を攻撃する意図も能力もない中国に「戦争」をしかけたのは
理屈がたたないと考えられ、軍上層部では、戦争不拡大の方針が主流だった。
しかし、現地の皇軍部隊は   独断で進撃を続け、中国の各地に戦火を拡げていった。
膨大な死体の山を築きながら、その矛先は   首都である南京へと向かった。

侵略の意図を隠し、あくまでも「事変」の延長上とする皇軍の身勝手な理屈は、
南京での悲劇を生む要因の一つとなった。
これは、「正規の戦争」ではない、偶発的な「事変」であり、
賊徒を制圧し、混乱をおさめ平和秩序を回復せしめるのための鎮圧である。
国際法規は適用されず、戦陣規定も下されておらず、
捕虜を殺害するのも、住民から略奪するのも、
国際法が定める戦争法規違反にはならない・・・・・

自衛隊に保管されている南京攻略に関する旧軍部の指令書が公表されている。
はじめ、その命令は、捕虜の「逮捕」の徹底を示唆するものだったが、
皇族も参加しての「南京入城式」が近づくと、さらに厳しい指令となり、
老人や子どもを除く成人は、すべて敵兵とみなして徹底的に捕縛拘束し、
厳しく取締まり、そのうえで敵兵捕虜は「殲滅」せよというものになっている。
すでに武器を携えず、反攻の意思もない者を「殲滅」するとは
いったい、どのようなことだろうか。
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