昭和天皇は「平和主義者」か(2)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2007/08/02 22:08 投稿番号: [18590 / 29399]
天皇の勅命によって開始された戦争は、
史上空前の殺戮と破壊をうみだした。
敗戦が決定づけられてもなお
その戦争継続にこだわり続けた天皇制政府、
そこに求められたのは
降伏による「国体護持」と、それによる天皇制権力の温存と復活の機会だった。
天皇周辺では、昭和天皇の戦争責任を棚上げするために
「天皇の決断によって戦争が終結された」とするシナリオを発想する。
そのために
過剰なまでに陸軍の戦争継続派こそが戦争責任の主体だとする主張を
繰り返す。
陸軍急進派をスケープゴートに仕立てあげ、
その一方で昭和天皇の戦争責任を解消していくという
政治戦略が採用されることになった。
戦後天皇の復権を意図した「天皇の決断」は、「聖断」の用語を得て、
戦後の日本社会に徹底して流布されていく。
「国民のために英断を下した天皇」や
「日本の惨状を救った天皇」といったフレーズが氾濫し、
さらには「昭和天皇は平和主義者であった」などという
歴史事実の歪曲が繰り返されることになった。
東京裁判への出廷を覚悟した天皇は落飾を決意し、
その名を「裕仁上皇」とあらため、
天皇家ゆかりの寺である京都の仁和寺に
みずから閉門蟄居する覚悟さえ抱いたとされる。
しかし、日本の戦後支配をめざす米国の思惑によって
東京裁判でさばかれることなく、天皇制度の存置が決定するなかで、
昭和天皇は「聖断」神話に便乗して
そのまま皇位に居座ることになった。
存続したのは
天皇だけではない。
天皇制を戦後まで存続することによって、天皇制を支えた保守権力構造自体が
ほぼ無傷のまま戦後へ
スライドをはたすことになったのだ。
戦後民主主義の確立によって、国家元首天皇制が象徴天皇制へと変容したとしても
天皇制の本質は不変であり、何よりも敗戦による戦前と戦後の切断が回避され、
そこに連続性という本質が刻印されることになる。
それは、同じ敗戦国であるドイツやイタリアとの決定的なちがいだ。
この両国は
国旗も国歌もあらためることで戦前との切断を徹底した。
だが日本だけは「聖断」によって「戦前」を温存することになってしまった。
それだけではない。
軍服から背広に着替えた天皇は、「命の恩人」である米国の意向どおりに
日米安保を呼び込むことと沖縄の軍政統治を促すメッセージを
米国政府に伝える。
これは メッセージ 18589 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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