南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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昭和天皇は「平和主義者」か(1)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2007/08/02 22:05 投稿番号: [18589 / 29399]
南京虐殺や従軍慰安婦問題の存在を否定する人間は、
例外なく   過去の侵略戦争自体を正当化し、
皇軍の引き起こした戦争を正義・聖戦と描くと同時に、
軍の頂点に立つ存在、つまり天皇を“偉大なる存在”として
賑々しく祭り上げる半世紀以上も前の時代に朽ち果てた価値観を
いまだに引きずり続けている。
彼らの描く天皇像は  
アジアと太平洋に戦火を拡大した皇軍の大元帥という実態を
完全に無視し、「慈悲深く聡明な『平和主義者』だった」というものだ。

彼らが好んで用いる台詞がある。
アジア太平洋戦争の終結は「平和をもとめた天皇ヘイカの英断によるものだ」論。
はたして、その内実は   どのようなものだろうか。

1945年8月15日、日本の敗北は周到に準備された。
戦力が底をついていた日本帝国の敗北は   もはや時間の問題だった。
天皇周辺は、日本の無条件降伏を迫るポツダム宣言の内容をめぐり混乱をきわめていた。
天皇およびその周辺にいる者たちは、ただ天皇制支配国家体制=「国体」の
護持のみを条件とする「降伏」への道を模索するに汲々としていたのだ。

そこには   天皇の名によって開始された侵略戦争によって甚大な被害を受けつづける
内外の人々の生命と財産を保守しようとする意図は皆無だった。
そこにあるものは、「国体護持」の一点であり、
そのためには   数多の犠牲もいとわなかったのだ。

本来ならば、東京大空襲(1945年3月9〜10日)、沖縄戦(同年4月1日、
沖縄本島への連合国軍上陸)、さらには広島・長崎への原爆投下の時点で、
すくなくとも降服決定がなされるべきだった。
しかし、「もう一度戦果を挙げてから」と沖縄奪還にこだわりつづけた天皇の
発言がしめすように、無謀な戦争継続に固執しつづけ、国の内外におびただしい流血、
いたましい犠牲者をうみだしていたのだ。
 
 
 
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