昭和天皇は「平和主義者」か(3)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2007/08/02 22:10 投稿番号: [18591 / 29399]
米国によって天皇制の存置が確定するや、軍服から背広に着替えた天皇は、
人間宣言をおこないながらも、日米安保という軍事同盟を
呼び込むメッセージを米国に伝え、
さらには沖縄の軍政統治を促すメッセージを用意する。
前者を通常
天皇メッセージ、後者を沖縄メッセージという。
つまり、背広に着替えた昭和天皇は、戦前の天皇と同質の「君主」として
時の政府の政策をもふみこえることを
あえて行なったということだ。
その意味で
戦後日本は、戦前日本を清算して
新生国家日本の創造を約束した日本国憲法をもちながらも、
そのこと自体を最初から否認するかの姿勢をあきらかにしてきた。
戦前日本の戦争責任を曖昧にした「聖断」によって、
「あらたな戦前」国家が
周到に用意されてしまったのだ。
戦後国際政治における米ソ冷戦体制のなかで、
「あらたな戦前」のうごきは、とりあえず封印されてきた。
しかし、冷戦体制が終わり、アメリカの一極支配が貫かれるなかで
日本の保守勢力も
これに呼応して、
昭和初期と同質の政治体制を露骨にしめすところとなった。
それは、国家主義教育の復活や憲法改悪などのうごきに具現される。
日本の昭和初期と同質の政治体制の台頭は
天皇制存置と、
その理由づけともされた「聖断」という虚構によって、
実は長らく潜在していたにすぎなかった、と指摘できよう。
ならば
我々国民は、
まず「聖断」の虚構性をあばくことから
戦後史の総点検を
おしすすめる必要がありそうだ。
これは メッセージ 18590 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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