元従軍「看護婦」の証言
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2003/05/26 23:09 投稿番号: [1607 / 29399]
「従軍慰安婦と歴史認識」から
中里さん(元海軍従軍看護婦)
私は、戦後43年間は一つもこの問題については、語りませんでした。
語れなかったです。
・ ・・・。
私は海南島の三亜(さんや)と言うところでこの体験をいたしました。
中国の一番南端のベトナムに近いところにある、南シナ海の島です。
そこに海軍病院があったのです。
海軍病院では毎週一回、梅毒の検診をやっていました。
トラック四台、一台二十五人乗りですから、百名の「慰安婦」が検診に来ました。
圧倒的に朝鮮人の方が多かったのですが、日本人もわずかに乗っておられましたし、
台湾人の方も一台くらいいましたでしょうか。
梅毒には、一期から三期まであるんですけど、一番恐いのは、外に出る軟性下疳
(なんせいげかん)とか淋病です。
・ ・・・。
こういう症状をもった「慰安婦」さんが何人かいらしたのです。
自分と同じくらいの年の子がそういう境遇にあるのを見ると・・・・。
「痛みますか?」と聞くと泣くんです。
涙をぽろぽろとこぼして「アイゴー、アイゴー」というんです。
アイゴーという言葉は、朝鮮語では「哀しい」と言う言葉なんだそうです。
・ ・・・・。
もう、52年たちましたけれども、まだ忘れられない。
もう生きていないと思いますけど・・・。
その子たちが、来るたびに、むごくなっているの。
一日に二十人から三十人、そういうむごい症状を持っているのに、
日本の兵隊と交渉を持たなければ殴られる状況なんだと言うこと・・・。
日本人の慰安婦は「海南荘」と言う木造の建物で、将校用。
朝鮮人、台湾人慰安婦は「バナナや、やしの葉っぱ」で作られた、スコールが避けられない粗末な建物。
・ ・・・・。
私の名前は戸田と言ったんですけど「トダー」って怒鳴るのよ。
朝鮮の人たちは・・・よくわからなかったのよね、発音が。
・ ・・「兵隊を連れてくるな」と言うようなことを私達に盛んに激しい口調で、怒鳴られた
・ というのは覚えています。
・ ・・・貴重な医薬品は朝鮮人慰安婦には絶対に使いませんでした。
性病に罹った兵隊には打っていました。
もっと、詳しいんですが、かなり省略してしまいました。
「日本人慰安婦」も出てくるのですが、彼女も「だまされて来たらしい」といってます。
でも、日本人の場合は、この慰安所では将校の「オンリーさん」で、「手術」まで受けています。
これは メッセージ 1606 (dorawasabi5001 さん)への返信です.
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