南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行は事実

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昭和天皇は板垣陸相に不快感

投稿者: news_provider_neu 投稿日時: 2007/05/09 02:17 投稿番号: [15633 / 29399]
昭和天皇は板垣陸相に不快感

だが、歴史資料として貴重なのは、やはり「小倉侍従日記」のほうだ。特にこれは、半藤一利氏の詳細な注が付いているところがいい。それによって、日記の短い記述からは読みとれない背景事情が詳しくわかるからである。

たとえば昭和14年7月5日、板垣陸相が参内した際の記録。

「后三・三〇より五・四〇位約二時間半に亘り、板垣陸軍大臣、拝謁上奏す。直後、陸軍人事を持ち御前に出でたる所、『跡始末は何うするのだ』等、大声で御独語遊ばされつつあり。人事上奏、容易に御決済を遊ばされず……今日の如き御忿怒に御悲しみさへ加へさせられたるが如き御気色を、未だ嘗て拝したることなし」

これは、ノモンハン事件がはじまったばかりの時点の記述である。「跡始末はどうするのだ」とは、ノモンハン事件の後始末、ソ連軍との衝突の後始末の意味である。この事件をめぐって、天皇がどれほど悩んでいたかがよくわかる。玉座で「跡始末をどうするのだ」と大声でひとり言を言っていたとか、「憤怒に悲しみさえ浮かべていた気色」といった表現に、天皇の苦悩がよくあらわれている。

このとき、天皇が強い怒りをぶつけていた板垣陸相は、満州事変を起こした男であり、三国同盟の推進者でもあるなど、あの戦争を起こした主要な責任者の一人だった。天皇は、歴史の分岐点となったこの2つの事件(満州事変と三国同盟)に当時から強い不信感を持っていたことがよくわかるくだりだ。

東京裁判でも、板垣はA級戦犯の筆頭格の一人と認定され死刑になっている。天皇がこの板垣の一連の働きに強い不快感を持っていたから、板垣に面と向かって、

「お前ぐらい頭の悪いものはいないのではないか」

と問詰したこともある、と半藤の注にある。

http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/tachibana/media/070427_urabe/index2.html
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