Re: 全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/15 23:10 投稿番号: [11488 / 29399]
>で、「質」と共に「量」も均衡であったことを証明してくださいね。
だから、均衡じゃなく、「質」と共に「量」も支那の方が酷かったんだよ。
違うと言うなら、「質」と共に「量」も日本の方が酷かったことを証明しろよ。
>南京戦当時から、捕虜収容所があり、日本軍の捕虜がいたという結論で構いませんね?
オマエは、俺がいくら説明しても理解できない奴だという結論で構いませんね?
>日本軍の投降兵殺害ですよ。
>これを戦時復仇だと言うのがあなたの主張ですよ。
>投降兵殺害が合法行為だと主張するならば、戦時復仇になりませんよ(笑)。
オマエは頓珍漢の上に痴呆症か?
土曜日の投稿から読み直せ。
ほれ。
――――――――
ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。
しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。
故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。
「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」
(オッペンハイム)
――――――――
3つの全てのケースが実際に存在したが、君にも解かる最も簡単なのは、第二の「敵の戦争法規違反に対する報復として」だろう。
日本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保護したが、支那軍は支那事変8年間で日本兵を一人も捕虜として保護しなかった。
これだけでも、「敵の戦争法規違反に対する報復として」支那軍投降兵の処分は正当化されるだろ。
――――――――
>「スマイス報告書」
>占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷の報告が実際より少ないと考えられる理由がある。
それはスマイスかベイツが言っていることであって、実際には、日本軍による死傷はなかったのに山ほど報告があっただろ。
>あなたの主張では、その「年がら年中言いふらしていた」中に「南京大虐殺」があったのでしょう?
そうだよ。
蒋介石など国民政府は、年がら年中、日本軍の悪行をでっち上げたり、支那軍の悪行を日本軍の仕業に擦り付けたりして言いふらしていたんだ。
少しは学習できたかな?
・支那軍は上海などで、わざとホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量殺害し、日本軍の仕業と嘘宣伝。
・北支那においては、水中に毒物を投じたり農作物に毒物を注射し、上海からの撤退時にも井戸に細菌を投じたりしたくせに、後年の常徳ペスト流行については「日本軍がやった」と根拠のない宣伝。
・支那軍は上海から南京への敗走中や南京周辺で「清野作戦」「焦土作戦」と称して、徹底的に略奪や放火などを行なったが、それらを「三光作戦」と称して日本軍の仕業に転嫁。
・南京では、脱出を諦めた多数の支那兵が市民から服を奪って安全区に潜入し、支那人盗賊と共に行なった犯罪を日本軍の仕業に転嫁し、中には最初から反日宣伝が目的の反日撹乱工作隊までもが存在した。
・黄河の堤防を決壊し、数十万人の支那住民を大量殺害し、「日本軍の行為」と嘘報道。
・不法毒ガスを使用して住民諸共殺害。
・蒋介石は日本軍の残虐行為を宣伝するために、日本軍が長沙市に近づいた時、長沙全域を焼き払って多くの市民を焼死させた。
・支那共産党は、チベットを侵略して大虐殺を行ない、文化大革命では驚愕の数千万人大量殺害を行ない、東トルキスタンでも侵略と大虐殺を行ない、さらに天安門事件でも約3万人の学生や市民を大虐殺したが、発表や報道は嘘ばかり。
・現在も、農民から土地を強制収用しておいて、補償をせず、抗議する農民を虐殺する事件が頻発しているが、発表や報道は嘘ばかり。
だから、均衡じゃなく、「質」と共に「量」も支那の方が酷かったんだよ。
違うと言うなら、「質」と共に「量」も日本の方が酷かったことを証明しろよ。
>南京戦当時から、捕虜収容所があり、日本軍の捕虜がいたという結論で構いませんね?
オマエは、俺がいくら説明しても理解できない奴だという結論で構いませんね?
>日本軍の投降兵殺害ですよ。
>これを戦時復仇だと言うのがあなたの主張ですよ。
>投降兵殺害が合法行為だと主張するならば、戦時復仇になりませんよ(笑)。
オマエは頓珍漢の上に痴呆症か?
土曜日の投稿から読み直せ。
ほれ。
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ハーグ陸戦法規第二十三条は、「兵器を捨て又は自衛の手段尽きて降を乞える敵を殺傷すること」を禁止している。
しかしながら、戦闘の進行中で敵軍の一部が投降せんとする場合に、味方軍がこれを受諾し投降兵を収容して後方に送致する為には味方軍の進撃を中止する必要を生じその事が味方軍の勝利を危うくする惧れのある場合には、味方軍の安全と勝利を確保する為に敵軍の降伏信号を黙殺して攻撃を継続する事が軍事上必要となる。
故に、戦時法規は一定の条件下において投降の拒否を認めるのである。
この見解はオッペンハイムを始め多数の戦時国際法家に支持されている。
「投降兵の助命は、次の場合に拒否しても差し支えない。
第一は、白旗を掲げた後なお射撃を継続する軍隊の将兵に対して、
第二は、敵の戦争法規違反に対する報復として、
第三は、緊急必要の場合において、すなわち捕虜を収容すれば、彼らのために軍の行動の自由が害せられて、軍自身の安全が危うくされる場合においてである。」
(オッペンハイム)
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3つの全てのケースが実際に存在したが、君にも解かる最も簡単なのは、第二の「敵の戦争法規違反に対する報復として」だろう。
日本軍は南京だけでも1万人以上の支那兵を捕虜にして保護したが、支那軍は支那事変8年間で日本兵を一人も捕虜として保護しなかった。
これだけでも、「敵の戦争法規違反に対する報復として」支那軍投降兵の処分は正当化されるだろ。
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>「スマイス報告書」
>占領軍の報復を恐れて日本軍による死傷の報告が実際より少ないと考えられる理由がある。
それはスマイスかベイツが言っていることであって、実際には、日本軍による死傷はなかったのに山ほど報告があっただろ。
>あなたの主張では、その「年がら年中言いふらしていた」中に「南京大虐殺」があったのでしょう?
そうだよ。
蒋介石など国民政府は、年がら年中、日本軍の悪行をでっち上げたり、支那軍の悪行を日本軍の仕業に擦り付けたりして言いふらしていたんだ。
少しは学習できたかな?
・支那軍は上海などで、わざとホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量殺害し、日本軍の仕業と嘘宣伝。
・北支那においては、水中に毒物を投じたり農作物に毒物を注射し、上海からの撤退時にも井戸に細菌を投じたりしたくせに、後年の常徳ペスト流行については「日本軍がやった」と根拠のない宣伝。
・支那軍は上海から南京への敗走中や南京周辺で「清野作戦」「焦土作戦」と称して、徹底的に略奪や放火などを行なったが、それらを「三光作戦」と称して日本軍の仕業に転嫁。
・南京では、脱出を諦めた多数の支那兵が市民から服を奪って安全区に潜入し、支那人盗賊と共に行なった犯罪を日本軍の仕業に転嫁し、中には最初から反日宣伝が目的の反日撹乱工作隊までもが存在した。
・黄河の堤防を決壊し、数十万人の支那住民を大量殺害し、「日本軍の行為」と嘘報道。
・不法毒ガスを使用して住民諸共殺害。
・蒋介石は日本軍の残虐行為を宣伝するために、日本軍が長沙市に近づいた時、長沙全域を焼き払って多くの市民を焼死させた。
・支那共産党は、チベットを侵略して大虐殺を行ない、文化大革命では驚愕の数千万人大量殺害を行ない、東トルキスタンでも侵略と大虐殺を行ない、さらに天安門事件でも約3万人の学生や市民を大虐殺したが、発表や報道は嘘ばかり。
・現在も、農民から土地を強制収用しておいて、補償をせず、抗議する農民を虐殺する事件が頻発しているが、発表や報道は嘘ばかり。
これは メッセージ 11482 (Marc_Laforet さん)への返信です.