Re: 全く反論になっていない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/03/15 21:45 投稿番号: [11480 / 29399]
>中国軍が「投降兵」の殺害を行っていたか否かは知りませんが、「均衡」しているというのであれば、「質」と共に「量」も均衡である必要があるのですよ。
そうだな。
支那軍はとんでもない連中だな。
>青山和夫『反戦謀略』P119
>常徳捕虜収容所
>
戦争当初、特に上海南京戦時代の日本兵の捕虜は大部分空軍で、南京の収容所に入れられていたが、南京撤退前に西安の宝鶏に移された
そうして彼らは反戦兵士に仕立てられていったのだ。
>で、1938年2-3月ぐらいまでの日本軍の不法行為との均衡性を比較するのに、「1937年7月から1945年8月までの8年余り」を比較対照とするおつもりでしょうか?
「1938年2-3月ぐらいまでの日本軍の不法行為」って、一体、何のこと?
1938年2-3月ぐらいまでに支那軍が実行した不法行為なら山ほどあるが?!
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・支那共産党は盧溝橋事件を起こし、即座に「日本軍侵略開始」と宣伝した。
・国民党は、「日本軍を撃破したので次は通州を攻める」という内容のデマ放送を流し、騙された通州の支那保安隊は国民党に寝返るために200人以上の日本人居留民を惨たらしく大虐殺。
・支那軍は上海などで、わざとホテルやデパートを爆撃して民間人や外国人を大量殺害し、日本軍の仕業と嘘宣伝。
・北支那においては、水中に毒物を投じたり農作物に毒物を注射し、上海からの撤退時にも井戸に細菌を投じたりしたくせに、後年の常徳ペスト流行については「日本軍がやった」と根拠のない宣伝。
・支那軍は上海から南京への敗走中や南京周辺で「清野作戦」「焦土作戦」と称して、徹底的に略奪や放火などを行なったが、それらを「三光作戦」と称して日本軍の仕業に転嫁。
・南京では、脱出を諦めた多数の支那兵が市民から服を奪って安全区に潜入し、支那人盗賊と共に行なった犯罪を日本軍の仕業に転嫁し、中には最初から反日宣伝が目的の反日撹乱工作隊までもが存在した。
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>アメリカ占領下、日本軍占領下では、状況が違うということです。
そう、そう。
アメリカ占領前の日本で原爆が投下されたのは事実だが、日本軍占領前の南京で民間人が虐殺された事実はなかったからね。
>ということは、あなたの解釈では、国民政府は捏造された「南京大虐殺」を認識していたのでしょう?
いや、いや。
国民政府は、「南京大虐殺」だけではなく、上で紹介したような「ありとあらゆる日本軍の悪行」を捏造(擦り付け)して年がら年中言いふらしていたのさ。
これは メッセージ 11471 (Marc_Laforet さん)への返信です.
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