本題は日本人捕虜がゼロか否かだが・・
投稿者: mht2040at 投稿日時: 2006/03/15 13:37 投稿番号: [11470 / 29399]
>戦陣訓の成立てシナ事変のずっと後ですよね?
>時系列おかしくないですか?
「シナ事変のずっと後」というのは変だな。それも言うなら、「シナ事変勃発のずっと後」だろう。デリ君は少なくとも昭和12年から八年間というような表現をしているな。しかしだね、戦陣訓は軍人勅諭を実践的に行動に移そうとしたより具体的な規範であり、いわば軍人勅諭をより具体的な行動規範として明文化しただけのことともいえよう。従って戦陣訓は日中戦争勃発後暫く経ってからのものではあるものの、軍人勅諭に「只々一途に己か本分の忠節を守り義は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも軽しと覺悟せよ」とあるように、「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」のような軍人勅諭に通底する精神的・道徳的規範は以前からあったわけである。
>清軍及び国民党や匪賊の捕虜の扱いがすさまじくひどいので
>戦陣訓に捕虜のことが定められた(といってもあまり一般の兵士には浸透してなかったらしいが)という説もありますし
>当時の先進国の軍隊でも捕虜に対する扱いはひどいものがあったし
>シナの軍隊がまともに捕虜をとっていたとは思えないなあ。
私がちょこっとネットで調べた範囲では、中国側に捕らえられた日本兵捕虜はたいそうな厚遇を受けたという話もあるね。そういう話もあるってだけだが。
(例えば、
http://www.koubunken.co.jp/0325/0307sr.html)
>明治27年9月、京城に入つた山形有朋第1軍司令官
>「(敵に対しては)軍人といへども降る者は殺すべからず。然れどもその詐術にかかる勿れ。かつ敵国は古より極めて残忍の性を有せり。誤つて生捕りに遇はば、必ず酷虐にして死にまさる苦痛を受け、遂には野蛮惨毒の所為を以て身命を殺害せらるるは必然なり〜」
どうでもいいけど、それって表記の通り、日中戦争のずいぶん前の話だね。
ところで、私が議題としてきた本題は、中国に捕虜として保護された日本兵はゼロ人(まあ面倒だからこの際反戦活動した日本兵捕虜は除外してもいい)か否かであるが、君の知見はどうなんだい?
これは メッセージ 11468 (marionohaka さん)への返信です.
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