珈琲さん
投稿者: mimim232002 投稿日時: 2006/03/10 23:21 投稿番号: [11173 / 29399]
戦争は根っこの部分では、大義や正当性とは別に残酷なものですよ。
いかなる戦争だろうと、根本のところにはそれがある。ひとつの例外もありません。
その根っこの部分を押さえたうえで戦争の大義や正当性を語るのでなければ、やはり危険なんじゃないのかな。
俺は大東亜戦争は、支那や米国が言うような戦争ではなく、「亜細亜のための戦争(ここで亜細亜は、当然のことながら日本自身をも含むが、それだけではない)」あるいは「日本民族の使命としての戦争」と考えています。あの戦争の大義を肯定する立場です。(これについてここでは議論はしませんが)
しかし、大義や正当性は、殺戮や破壊を帳消しにすることはありません。
大義や正当性は人道的価値観に劣ると言っているのではありません。
殺戮や破壊の事実が戦争の大義を全く消し去ると言っているのではない。
両者はそもそも同時に天秤にかけて「どっちが重いか」などという計量可能な軽々しいものではない、と言いたいのです。
もちろんこれは、日本の戦争に限った話ではありませんけどね。
これは メッセージ 11171 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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