畝本氏は日本軍の市民虐殺を0人と判断
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/10/08 19:32 投稿番号: [10356 / 29399]
>畝本氏が(おそらく軍人中心に)虐殺の疑いがあるのは3千乃至6千であろうという畝本氏にとっての結論を出したというのが事実であって、
>民間人の虐殺数について明確な見解を出しているわけではない、まして「民間人虐殺は0人」などと断言したことはないよ。
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畝本正己氏
1985年
私の結論は3月号記述のとおり、「ホントウの数は解らない。強いて言えば、不確定要素はあるが、不法処理の疑いのあるものは三千〜六千」と推定した。その根拠を述べる。
(1)歩兵第七聯隊が15、16日、難民区掃蕩の際、潜んでいた敗残兵約千名を下関で銃殺したという証言(便衣兵であれば不法殺害とは断定できないが)。
(2)佐々木元勝氏、住谷盤根氏の証言。
―12月16日、下関埠頭で約二千名銃殺。これは泰山弘道氏(第三艦隊軍医大佐)が17日朝、下関の江岸一帯で目撃した中国兵の死体と同じものと推定される。この(1)、(2)は重複したものかも知れないし、収容した正式の捕虜の殺害か、敗残兵・便衣兵の殺害か、判別できない。虐殺とは断定できないが、不法処理の疑いが濃い。
(3)石松政敏氏、松川晴策氏の証言。
下関埠頭で15〜16日、便衣兵(捕虜)の処分。―便衣兵の処分か、捕虜の殺害か判別できないが、昼間と推定されるので(1)、(2)とは別のものであろう。昼間の処分であるから、便衣兵処分の公算が大きいが、その数は不明であるが、処分方法からみて、数百と推定される。
以上を集計すれば、不法処理の疑いのあるもの約三千となるが、虐殺と断定はできない。
(4)歩三三戦闘詳報にある「14日、捕虜三〇九六の処断」。これは記述のとおり、平井氏、堤氏は強く否定された。しかし、捕虜と記しているので、正式に収容したものと考えざるを得ない。その数は、当時の戦果報告が誇大であったことは確実であるから、約三分の一と推定すれば、約千名内外が殺害されたのではあるまいか。
(5)各師団の個別的処分数の推定。
第六、第百十四、第九、第十六師団、各五百名として約二千名。
これは根拠はなく、まったくの推定に過ぎない。第一線部隊とすれば、戦闘行為の継続と考えていたのかも知れないが。
(6)その他、城内、城外敗残兵の掃蕩
下関を含む各所で処分しているが、これは、不法行為とは断定できない。
(「偕行」1985年5月号
P8)
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以上、不法処理の疑いのあるものが3千〜6千人であり、その中に市民は全く含まれていない。
すなわち、畝本正己氏は、日本軍が虐殺した市民は0人だったと判断したのだ。
これは メッセージ 10353 (ja2047 さん)への返信です.
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